第3話 拾う神がコレ②
たった一度だけ見たきりの、女の顔だった。
そのたった一度の時よりも紅潮し、なおかつ激昂に歪んでいるが、北欧系の端整な顔立ちと、光を集めたような金の瞳には見覚えがあった。
あわやトラックと衝突しそうになり、警察の厄介になっていた時に現れた女だ。
最初は妖精かと見紛うほどだった。が、その実態はトラック模型で殺人ブンドドするヤベー奴である。
たった一度が濃すぎる。
もはや一ミリも可憐さを見出せない。ときめきを返せ。
「やっぱりお前か!!」
大袈裟な仮面を捨て、「何がトラックに轢かれて、だ!?」と、卓上の模型を手に、「えっ、重っ!? 嘘だろ!?」
尋常でない重みに度肝を抜かれつつ、腰を入れてトラックを持つ。それを、動かぬ証拠とばかりに、地に伏すそいつに突きつける。
「トラックで殴った、だろ! つか何だこの重さ!? 鈍器かよ!?」
「見てわかんないのー? おもちゃですー」
「凶器が何に分類されるかって話はどうでも良いんだよ!」
すっとぼけた態度がいちいち癪に障る。小さくなければ髪でも引っ張るところだ。
己を偽るでない――心狭き者よ――
人の心に直接語りかけるな! ファ●チキ寄越せ!
サー●ルKサ●クスのフライドチキンを駆逐したファ●チキを許しはしない――
考えることが庶民的だな!? 合併されたの何年前だと思ってんだよ!?
あれがなくなった心の穴――洒落にならない――
「こんなんで殴って来る方が洒落にならんわ!! 殺す気か!?」
合併したくせに――元の店舗を閉店させた罪は重い――
嘘だろ、まだコンビニの話を続ける気かよ!?
その報いを受けよ――
「その報いの矛先を俺に向けるんじゃねえよ!」
「んもー。ちょっと、さっきから何の話ですかー」
「とぼけんな! おめえが俺を殴った話だよ!」
「殴ってませーん。あなたはトラックに轢かれたんですー」
「じゃあこの血は何だよ!? どう見ても俺の頭を殴った時の……!」
トラック模型に着いていた赤黒い汚れ……それは紛れもなく血痕だった。こんな血が出るだけの強度と重量があるもので殴られたとあっては、たまったものではない。
死んだらどうする。
ふと気になって殴られた個所を触ってみたが、不思議なことに血はおろか、かさぶたの感触も探り当てられなかった。確かに痛みはあるのに。
しかし、今はそんなことを気にしていられない。
こっちには殴られた記憶もあるし、模型の形状には見覚えがあった。
言い逃れはできまい。
「ドラゴンカーセックスって知ってる?」
……この女、いきなり何を言うんだ。いかれてんのか。
「普通は車が受けでドラゴンが攻めなんだけど、こう、私の場合はメスドラゴンのチョメにトラックがアクセル全開で突っ込んで来るのに興奮するのね」
いかれてやがった。
「ギアチェンジ挟む画をね、スパイスにこう、楔型のコマで差すの。殺人レベルのガン攻め、フルスロットルで最高」
知らんがな。息を荒げるな。
「で、私はメスドラゴンに自己を投影して、あんたが今持ってるそれで致すのです」
「いや、おもちゃってそういうことかーい」
「血が出るまでね」
「それはマズいんじゃねえの!?」
「どっから出てるの想像した! 言ってみろ!」
「うるせえよ! おめえから言い出したんだろ!? ……あー、もうなあ、せめてもっとましな嘘をつけよ」
「嘘じゃないもん! トロトロで致すもん!」
「ジ●リが低俗全開したみたいなセリフ回しやめーや!」
「タチ! タチのバス!」
「何も上手くねえからなァ!? あとこれトラック!」
脳が縮むような会話を遮るように、応接間の扉がノックされた。
会話にもなっていない投げっぱなしをぶった切って、女が入室を促すと、つなぎを着た配達員風の男が入って来た。
「毎度、ヘイローダッシュっす」
「はーい、御苦労さん」
ササッと(何かサラッと指先から雷を出して文字を刻むことで)サインを済ませて封筒を受け取り、そそくさと配達員を閉め出す女は、「丁度よかったわ。はいこれ」と、封を破いて中の本を差し出した。
訝しみながら、言われるがままに俺は本を取る。竜と車の絵が表紙を飾っているが、文字は知らないものだった。
恐る恐る、中を開く。
ブッ、と噴出し、盛大にむせた。
「赤裸々に語ってんじゃねえよぉ!!」
今しがた聞いた性癖が濃厚に描かれていた。
「何シレっとオカズ渡してんのぉ!? たった一言の謝罪より軽いカミングアウトじゃないでしょソレぇ!?」
顔色一つ変えず何てこと言ってのけるんだこいつ。
いや、引いたかと思った顔の紅潮が、再び赤らみを取り戻している。
「……もう良いでしょ?」
可愛い子ぶって握った拳を口元に添えて、ちらちらこっちを窺って何だって言うんだ。瞬き増やしやがって。
疑問も束の間、彼女の視線の先にはトラック模型とオカズ。それは俺の手が掴んでいて……。
彼女はこれで真夜中の大人を致していると言う。
「あ、わ、わ、悪い、ごめん」
その暫定的な用途に思い至り、今度は俺の顔が熱くなるのを感じた。
手から滑り落ちそうになる模型を何とか持ち直し、努めて平静に元の机の位置へ戻す。
空になった筈の手の平に、目に映らず扱いの分からない難物が残っているような気がして、拭うことも定位置に戻すこともできず、手は所在を見失ってそわそわ動いていた。
ていうか何で俺が逆に謝ってんの?
踊らされている気がして、話を戻して事の清算をしてやろうとハッと顔を上げたが、当の少女は高級そうな椅子に悠然と腰かけて、穏やかな微笑みを湛えてこちらを見つめていた。
「そんなことより、聞きたいこと、あるんじゃないの?」
「……」
「答えるわよ」
悔しいが、この女の振る舞いは反則的だ。
観念してため息を吐き、俺は気持ちを切り替えた。
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