第4話 溺れる男【side : ギルティア】


「ハッハァ! 殺してやったぞ! 魔族を! 俺はやったんだ! 復讐を! 成し遂げた!」


 俺は動かなくなったユノンの死体を、宙に掲げる。

 すると群衆が歓声をあげた。


「うおおおおおおおおお! さすがは勇者さまだ! さっそく魔族を討ち取ったぞ! 頼もしい」


 だが興ざめなことに、一人だけこの状況を良しとしていない者がいる。

 俺たちの幼馴染の一人である、アンジェ・ローゼだ。

 こいつだけは最後までユノンの肩を持った、裏切者だ。


「おい、アンジェ。いつまで泣いている? ユノンは、あいつは魔族だったのだぞ? 俺はみんなを危険な奴から救っただけだ。それなのに、なんでそんな顔をしている?」


 俺はアンジェに優しく手を差し伸べるが、振りほどかれる。

 そしてアンジェは俺をキッとにらみつけた。


「ひどいよ……どうしてこんなこと……!」


 嗚咽交じりに、アンジェは訴える。

 だが不思議と、俺はなにも感じない。

 いや、当然か。

 俺は正しきことを成したのだ。

 それがたとえ幼馴染であっても、容赦はいらない。


「どうしてだと? こいつが魔族で、俺が勇者だった。ただそれだけのことだ」







「ほら、アンジェ。いい加減元気だしなよ。ユノンのことは私も残念だとは思うけどさ、魔族だったんだよ? あのまま《憑依》されて、全員殺されててもおかしくなかったんだから」


 レイラがアンジェの肩を支え、慰めながら歩いている。

 俺はその後ろを歩く。

 相変わらずレイラはいい尻だ。

 さすがは俺の女だ。


「みんな、どうかしてる……。どうしてユノンくんを信じてあげなかったの?」


 アンジェはまだ泣いているようだ。

 そういえばこいつはユノンに思いを寄せていたな。

 ならばまあ、仕方のない反応なのかもしれん。

 だが、俺に抱かれればそのうち忘れさせてやれるだろう。

 今夜にでも抱いてやるか。


「さあ、今日はとびきりいい宿を取ろうか。せっかく勇者パーティーになったんだ。そのくらいの贅沢は許されるだろう」


「……? なにをいってるのギルティア。お金は全部ユノンくんが管理してたから、そんなことできないよ」


 なかばキレ気味に、アンジェが俺に振り替える。

 は……?

 なん……だと……?


「ちょっと待て、あいつはなにも持っていなかったぞ?」


「あたりまえでしょ。ユノンくんのスキル《アイテムボックス》で異空間にしまってあるんだから……」


 あ……?

 なんだか話が妙なことになってきたぞ。

 ちょっと待て、俺はなにかとんでもない見落としをしていたのか?


「ということはアレか? 俺たちの予備の装備も、戦利品も、錬金素材もなにもかもが……ユノンと共に消滅したということか……?」


「そうだよ! まさかわかってなかったの……!?」


 あああああああああああああああ!!!!????

 俺は道端で叫びだしそうになった。

 今までに集めたレアアイテムや、協力な装備品の数々がぁ!

 だが、勇者である俺がこんなことで取り乱すわけにはいかない。


「ま、まあいいだろう……そんな物くらいくれてやる。俺は勇者だからな。宿くらい、頼めばなんとでもなるさ」


「まさか、勇者であることを利用して、タダで泊まる気? 最低だね」


 グサ――!

 幼馴染からの冷たい一言に、俺は傷つく。

 しかもアンジェみたいな可愛い子に、そんな軽蔑した目で見られるのはどうも……。


「ふん。なんとでも言え。時期にお前も俺の魅力に取りつかれ、そんな口が叩けないようにしてやるさ」


「は? なに言ってんの? 私はもうあなたたちとはいっしょに行かないけど」


「え? アンジェ、パーティーを抜けるってこと?」


「あたりまえでしょ? あなたたちがユノンくんにしたこと、どういうことかわかってないの?」


 はぁ……。

 またユノンか。

 アンジェはどうやら魔族に取りつかれてしまっているようだ。

 俺が抱いてやって、浄化してやらないと。


「アンジェ、いいか? 『動くな』」


 俺は威厳を込めた重たい言霊を放つ。

 するとアンジェは本当に動かなくなった。

 ハッハァ!

 これが勇者の特別な力だ!

 弱者を従わせる、王者の力――!


「なにこれ……!? 動けない!? どういうこと……!?」


 アンジェはなんとか動こうと、その場で身体をクネクネ揺らす。

 そのたびにいろいろと揺れまくって、非常にいい。


「俺は勇者なんだぞ? それにユノンがいない今、俺がリーダーだ。だから俺の言葉には従うべきだよなぁ? 俺の言葉は絶対だ! それが勇者の力ァ!」


「そんな……!? 勇者にそんな力が……!? 無理やり私を縛り付けて、どうする気!? 私のこともユノンくんみたいに、魔族扱いして殺すの!?」


「はぁ? そんなことはしないさ。今から俺が抱いてやって、魔族の穢れを浄化するんだよ。勇者の力でなぁ! だから、そこを動くなよ?」


 俺はゆっくりとアンジェに近づく。

 だがそのたびに、アンジェの顔が恐怖と嫌悪感に歪む。


「どうしてそんな顔をするんだアンジェ! 俺たちは幼馴染じゃないか! それにユノンはもういないんだ! どうして俺を拒む? 俺は勇者だぞ?」


「そんなの知らない! ユノンくんを殺すような人、私の幼馴染なんかじゃないもん! それに……ユノンくんはまだ生きてるって、私信じてるもん!」


「…………は?」


 おいおいおい……。

 アンジェ、頭の弱い女だとは思っていたが……。

 ここまでわからないバカだとは思わなかった。


 ユノンが生きているだと……?

 そんなはず、あるわけがないじゃないか!

 俺がこの手で、きちんと殺した。

 それを目の前で見ておきながら、この言葉だ。

 もはや脳にまで魔族の瘴気がいっているな?


「あのなぁ、お前バカか? ユノンが生きてるはずないだろ? それに、俺に抱かれたほうがいいとは思わないのか? 俺は勇者だぞ? お前、他に行く当てなんかないだろ? ん?」


 俺がそう言いながら顔を近づけた瞬間、アンジェの脚が、俺の顎を蹴り上げた。


 ――ドン!


「あ、が…………!?」


「ギルティア最低! 死ねバーカ! いつかユノンくんと一緒に復讐してやるんだから!」


 アンジェはそう捨て台詞を吐くと、駆け足で去っていった。

 そんな……!

 なぜ、俺の――勇者の前で自由に動ける!?


 俺があっけにとられていると、エルーナが口を開いた。


「たぶん、アンジェが《聖女》だからでしょうね。《聖女》には、呪縛や結界を破壊する力がある」


「なるほど……まんまと逃げられたわけか」


「それにしても、ユノンが生きてるわけないのにね……。ホント、バカな子……」


 エルーナはアンジェと違って、利口な女だ。

 俺が勇者だとわかった途端、俺の益になるような発言をしだした。

 こういう頭のいい女が、俺は好きなんだ。


「……で、あのバカ女どうする?」


「おいおいレイラ。一応お前も幼馴染なんだぞ? バカ女って」


「え? だってバカでしょ。ユノンなんかほっとけばいいのに。それに、もともとなんかいけ好かない女だったのよ。私より胸大きいし……。ねえ? 私の勇者さま?」


 レイラは俺に腕を絡ませてくる。

 ふっふっふ……。

 今夜はレイラもエルーナも、死ぬほど抱いてやろう。

 俺は勇者なんだから、感謝してもらいたいね。


「まあ、アンジェは放っておいても大丈夫だろう。いくら探したところで、ユノンはもう死んでいるんだ。せいぜいに無駄に時間を過ごすといいさ」


「そうね。もうあんな幼馴染たちのことは忘れましょう。過去のことは捨てて、今を生きていくのよ」


「さあ、楽しい夜の時間の始まりだ!」


 そして俺たちは、超高級なホテル街へ向かった――。

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