第1話 【金色の刃】というパーティー


「とうとう俺たちも、来月からAランクパーティーだな!」


 パーティーメンバーのギルティア・カストールが、嬉しそうに俺の肩をぶったたく。

 少々力が強くて、若干イラっとする俺であったが、今日はめでたい日だからやめておこう。

 俺はしみじみと噛みしめながら応える。


「ああ、ここまで長かった」


 なにを隠そう、我らがパーティー【金色の刃】がAランクパーティーに昇進することが決まったのだ。


 【金色の刃】は同じ村出身の幼馴染5人で立ち上げたパーティーだ。

 俺はそこのパーティーリーダーをしている。

 だがリーダーと言っても名ばかりで、その実務はほとんど雑用ばっかだ。


 ギルドとの間を取り次いだり、宿を確保したり、素材や金銭の管理など。

 めんどくさいことは全部俺任せ。

 だが俺は文句ひとつ言わずにやってきたのだ。


 まあ、俺のスキルがそれに適しているというのもあった。

 だがそれ以上に、俺は現状に十分満足していた。

 俺が活躍しなくても、仲間の活躍をサポートできればそれなりに嬉しかった。


 それに、俺は村に病気の妹を残してきている。

 万が一俺自身が死ぬことになったら、仕送りがストップすることになる。

 それだけは避けたかった。

 だから俺は、縁の下の力持ちに徹してきた。


 それなのに、あんな事になるなんて――――。




 俺が――ギルティアを殺すことになるなんて。







 Aランク昇進の選定式前日、俺たちはとある森の中で野宿をしていた。


「おおおおおおおおん!!」


 夜の野営地に、獣のような声がこだまする。

 だがそれは獣の声ではない。

 パーティーメンバーの一人、レイラ・イリノラの嬌声あえぎごえだった。


「はぁ、またか……」


 俺はテントから少し離れた場所に座り、ため息をつく。

 ギルティアとレイラは少し前から

 ようは、野宿のたびによろしくやっているのだ。

 さすがに気まずいので、俺はこうして、離れた場所で時間を潰している。


「ユノンくん、また一人でこんなところにいる……」


「アンジェか。お前もあいつらに嫌気がさしたのか?」


 俺を追いかけてきたのは同じく幼馴染でパーティーメンバーのアンジェ・ローゼだ。

 こいつは昔から、なにかと俺を気にかけてくれる。

 いい奴だ。


 短く整えた茶髪に、青色の薄く柔らかいローブを着ている。

 首からぶら下げたアクセサリーは、昔俺があげたものだ。

 白すぎる肌が、この夜の森の暗闇をも照らしだしそうなほどに眩しい。


 生地の薄いローブと、胸元のアクセサリーが、その豊満な胸を余計に強調している。

 幼馴染でなければ、俺も興奮を抑えきれなかったかもしれない。

 そのくらい、アンジェは魅力的な女性だった。


 アンジェは俺の向かい側に、少し離れて座った。


「さすがにね……こう毎日だと、ちょっと。気まずいよね」


「まったくだ。あいつらは遠慮というものを知らんのだ」


 あともう一人、エルーナというメンバーもいるのだが、そいつはいつもどこで何をしているのかわからん奴だ。

 だから俺とアンジェは、いつもこうして二人で時間を持て余していた。

 なにか話題でも振ろうと、俺は気が利かないなりになんとかひねり出す。


「アンジェは、その……好きな奴とかいないのか?」


 我ながらこの質問はまずかっただろうか?

 すぐ近くでアホどもが盛り合ってるせいで、こんなくだらん質問しか出てこなかった。


「い、いる……けど……」


「は!? いるのか! どんな奴なんだ?」


 まさかアンジェにもそういう人がいたなんてな。

 俺はアンジェを少しいいなと思っていただけに、落胆する。


「私がずーっとアプローチしてるのに、まーったく気がつかない超鈍感なおバカさんだよ」


 アンジェはぷんすかぷんの怒り顔だ。

 かわいい。

 くそ、うらやましい奴め。

 こんな可愛い子に好かれているのに、まったく気がつかないなんて……。


「ほんとうか!? そいつはとんでもない奴だな……」


「ほんとだよ……まったく……」


 なぜだかアンジェは俺を睨みつけ、さらに頬を膨らまし、顔を赤くさせ、肩を落とす。


 ……っは!?


 まさか……アンジェの好きな人ってのは、ギルティアのことなのか!?

 どうしてみんな、あんな金髪筋肉ヤロウを好きになるんだ?

 俺にはちっともわからん。


 だがそうだとしたら、悪いことを訊いてしまった。

 すぐ隣でそのギルティアが、別の女を抱いているのだ。

 心中お察しする。


「今のは酷い質問だった、謝るよ。まさかアンジェまでもがギルティアを思っていたなんて」


「は? へ!? なんでそうなるの!?」


「違うのか?」


「違うよ、もう! はぁ……ユノンくんって、ほんと……馬鹿だよねぇ……」


「……?」


 馬鹿とは失敬な幼馴染だな。

 幼馴染じゃなかったら怒っていたところだぞ。


「そういえば、ユノンくんいっつもなんか手に持ってるよね? それ、なんなの?」


「ん? これか……?」


 アンジェに言われて、俺はさっきまで自分がやっていたことを思い出す。

 俺の手にはとある【ボードゲーム】が握られていた。

 ボードゲームといっても、この世界で広く流通しているとは、まったくの別物だ。

 だが、他に形容しようがないので、俺はそう呼んでいる。

 俺の見立てでは、これはきっと異世界から流れ着いたものだろう。

 明らかにこの世界にはないような技術が使われている。


「これは暇つぶしの道具だよ。【ダンジョンズ】っていうボードゲームが遊べるんだ。魔王になりきって、モンスターを増やして、勇者を返り討ちにするゲームだよ」


「へぇ、なんか変な話だね。魔王を倒すはずの冒険者であるユノンくんが、そんなことしてるの」


「はは……まあ、そうかもな。でも、これが結構楽しいんだ」


「たまには私とお話してくれればいいのに……」


 アンジェがなにやら小声で呟いたが、ちょうど風が吹いたせいで、俺には聞こえなかった。


「え? なんだって……?」


「もう! ユノンくんなんか知らない!」


「えぇ……」


 アンジェは俺をその場に残し、暗い森の中へと消えていった。

 散歩でもしに行ったのだろうか。


「暗いから気をつけろよー!!」


 俺はアンジェの後ろ姿にそう叫ぶが、返事はない。

 まあ、アンジェはああ見えて俺よりも数倍強いから、大丈夫だろうが……。


「さあて、俺はゲームの続きでもするか」


 レベル上げにDダンジョンPポイント稼ぎ、やらなければいけないことはまだまだある――。







 それからしばらくして――。


「また一人でってるの? あっちでは二人仲良くしてるのに」


 後ろから声がしたので、俺はゆっくりと振り向く。

 ゲームに夢中になっていたので、声をかけられるまで気がつかなかった。


「なんだ、エルーナか。妙な言い方をするな」


 そこにいたのは、エルーナ・ルナアークという名のエルフ美少女だ。

 こいつも同じく幼馴染でパーティーメンバーの一人。

 アンジェとは違って、スレンダーで色黒。


 正直、こいつは俺の好みではない――その中身も相まって。

 だが美人であることに異論はない。

 夜中に二人きりとなると、意識しないではいられない。

 特に、すぐ近くで盛り合ってる奴らがいる場合は。


「ねえ、ユノン。私たちもテントに入ってしない?」


 エルーナは艶のある媚びた声を出し、俺をそそのかす。


「はぁ? 俺を誘ってるのか? だとしたら下手くそにもほどがある。もっとロマンチックな方法を考えてくれ」


 俺は少し照れながら、それを誤魔化すように冗談めかして断る。

 いったいなんのつもりで、急にそんなことを言ってきたのだろうか。

 だがエルーナのことだから、きっとなにか裏があるに違いない。


「だいたい、今までそんな素振りを全く見せてこなかったお前が……どういう心境の変化なんだ?」


「明日は【】でしょ? きっとユノンは勇者になるわ」


「なるほど……そういうことか。だがそういうことならあきらめろ。俺はそんな安くないぞ」


「っちぇ……。まあ、ユノンならそう言うとは思ったわよ。あんた、童貞でしょ」


「うるさい」


 エルーナは捨て台詞を吐くと、またどこかへフラフラと消えてしまった。

 おおかた、酒場にでも行って別の男でも漁るのだろう。

 まったく、油断も隙も無い女だ。


 俺が勇者に選ばれるかもしれないとなった途端、すり寄ってくるんだからな。

 腹黒エルフめ……。

 これだからアイツは信用できない。


 やはり俺が付き合うなら、アンジェだな。

 アンジェだけは清楚だし、唯一アバズレじゃない。

 だが、他に好きな人がいるとなると、話は別だ。


「くそ……俺はもう少し一人身を貫くしかなさそうだ」


 俺はその場で、ゴツゴツの石を枕にしてふて寝した。

 朝になって、アンジェが添い寝してくれていたのには驚いた。

 しかも俺を柔らかい毛布の上まで移動させてくれている。


 こいつ、他に好きな奴がいるんじゃなかったのか……?

 まったく、うちのパーティーの女どもはどうなっているんだ――。



――――――――――――――――――――――

【あとがき】《新連載》を始めました!


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