第17話 あれ!? これ……溶けてます!?


「ふぅ……生き返るぜ……」


 俺は一人、湯船に浸かる。

 ダンジョンの中とは思えないほど快適だ。


 ――ドロ……ドロ……。


「あれ……?」


 なんだか、意識が遠くなってきたぞ?

 さっきまで透明だった湯船が、うっすら紫に見える。


「……って、これ……俺溶けてない!?」


 スライムって、お湯に溶けるんか!?

 俺の身体の体積が、だんだんと小さくなっている気がする。


「まじかこれ……はやくあがらないと……!」


 急いで湯船を出ようとするが、スライムのぷるんとした身体が滑って、なかなか出られない。

 うんしょ、うんしょ……。


「あ……これ、詰んでますわ……」


 俺の意識はそこで途絶えた……。

 最後に憑依を使おうと思ったが、段階的に意識が薄れる中で、俺はタイミングを逃してしまったようだ。

 ゴブリンにでも憑依すればよかった。

 ぶくぶくぶく……。

 






 ん……? あれ……?

 なんだ? 意識があるぞ……?


 だけど、身体が気がする……?


 しばらくして、俺はようやく自分の状態に気がついた。

 俺は溶けて、していた。


 厳密には、スライムの身体が湯のなかに薄く散らばった感じだな。

 自分の身体が、意識が広がったような気がする。


 ユノンくんが湯の中に……ってやかましいわ!

 でもこれ……どうやってもとにもどるんだ……?


 ぼわぼわした意識で、俺が考えに浸っていると……。

 頭上から声がした。


「うわぁこれがお風呂なんですね! 私初めてです!」


 イストワーリアの声だ。

 ……って、まさか!?


 そう、風呂場にイストワーリアがやって来たのだ。

 ちょ、ちょっと待て!

 俺は今お湯そのものなんだぞ!?

 今イストワーリアが風呂に浸かったら、大変なことになるんじゃないのか!?


「よいしょ……っと」


 うわわわわわわわ!

 俺は必至に声を出そうとすが、どうやら聞こえていないようだ。

 今俺の脳内がどうなっているかは言うまでもない。

 それはもう、とんでもない状態だ……。


「あれ……? お湯の色、ちょっと変じゃない?」


 もう一人、別の女の声がする。

 この声は……アンジェ!?

 ま、まさかアンジェも一緒に入るのか!?

 そ、それはマズイ……!


 イストワーリアなら俺をマスターとして崇めているから大丈夫かもしれないが……いや、なにも大丈夫ではないのだが、それはともかく……。

 アンジェが後でこのことを知ったら、どうなるかわかったもんじゃないぞ!?


 俺はここにいるのに!

 必死にアピールしようとするも、無駄に終わる。


「あー、いいお湯ー。すこし粘っこいけど……ま、こんなもんでしょ。ダンジョンの中でこんなお風呂に入れるだけでも最高!」


 うわあああああああ湯(俺)の中にアンジェとイストワーリアがああああああ!?

 どういう状況!?!?!?!?!?


「そういえばアンジェさんって、マスターのことがお好きなのですか?」


 ぶー!

 俺は心の中で噴出した。

 イストワーリアめ、なんてこと聞くんだ。

 ……って、これ俺が聞いていい話じゃないだろ!

 俺、ここにいるんですけど!?


「そ、そうだけど……悪い!? 私は幼馴染でずううううううっと、ユノンくんと一緒にいるんだから! あなたなんかよりもユノンくんを知ってるんだから! 絶対に負けないんだからぁああ!」


 アンジェは顔を赤くして、そう叫ぶ。

 そうだったのか……。

 体温の上昇が、湯を通じて俺にも伝わってくる。

 俺まで赤くなりそうだった。


「大丈夫ですよ。私は所詮マスターの補佐役でしかないので。マスターと対等な関係にはなれません……」


「イストワーリアさん……」


 お、どうやらこれを機に二人は仲良くなれそうだな?


「まあ、性〇隷くらいにはなりますけど、いくらでも!」


 ぶー!

 俺はまたしても心の中で吹きだす。

 なんていうことを言うんだこいつは……!?


「ねえイストワーリアさん、リアちゃんって……呼んでもいい?」


「いいですよ。なら私も、アンジェちゃんって呼びますね!


「うん! よろしくね」


 なんだかよくわからんが、仲良くなってくれたみたいでよかった。

 それにしても、俺はどうすればいいんだ?


「そういえば……ユノンくんはどこにいったんだろ? さっきお風呂に行くっていってたけど、いなかったし……」


「マスターなら、ここにいますよ?」


 イストワーリアが自分の浸かっている湯を指さす。

 こいつ……!

 気づいてやがったのか!?


「……へ?」


「このお湯、マスターです」


 アンジェは絶句している。

 そりゃそうだよな……。

 あとで滅茶苦茶謝ろう。


「いやああああああああああああ!」


 アンジェは湯を飛び出して、走り去ってしまった……。

 あーあ……。

 イストワーリア、全部お前のせいだぞ。


「ということでマスター、これでアンジェちゃんの気持ちがわかりましたよね?」


 イストワーリアが無言の俺(湯)に問いかける。

 なるほどそういうことか……図ったなこの智龍め。


「あ、心配しなくてもちょっとずつお湯を抜いていって、乾かせばもとに戻れますので」


 俺の心配はそこじゃないんだが……。

 まあいっか。


 その後、イストワーリアが俺を湯の中から救い掬い出してくれた。


 もちろん、アンジェには滅茶苦茶謝ったし怒られたし、目を合わせてもらえなかった……。

 だが――。


「ユノンくん……聞いてたんだよね?」


「あ、ああ……」


「それで……?」


 それで……と言われてもなぁ……。


「ま、まあ……うれしいよ? 俺も、アンジェのことは昔からその……好きだったし……」


「ほんと!? うれしい! ユノンくん大好き! もう全部許してあげる!」


「うお! バカ、離せ!」


 機嫌を良くしたアンジェは、その晩、俺を抱きしめて離さなかった。

 イストワーリアも今日だけは譲ってやったようだ。

 俺はすっかりアンジェの抱き枕にされてしまった。


 ちなみに寝室にはベッドが二つある。

 一つのベッドはユキハとコハネが使っている。

 ユキハは病人だから、コハネが常に看病をしている。


 そしてもう一つのベッドにイストワーリアとアンジェが寝る。

 俺はその間にスライム抱き枕として挟まれる感じだ。

 そう思うと、スライムの身体も悪くない……。

 まあ少し寝不足になるのがあれだが……。

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