第6話 あれ? これ詰んでいるのでは……?


 状況を整理しよう――。


 俺はバカ勇者に殺され、《憑依》スキルで逃れた。

 そしてたまたま《憑依》できたのが、この身体――メタモルスライムだ。

 なんとメタモルスライムはダンジョンのボスモンスターだった。


 さらに驚いたことに、そのダンジョン運営のシステムが――。

 俺のやっていたゲーム【ダンジョンズ】にそっくりなのだ。


「あー、なるほど……そういうことね」


「……?」


 俺の補佐だという美少女――イストワーリアが小首をかしげる。

 つまりあのゲーム【ダンジョンズ】は、どこかの誰かが、ダンジョン運営のシステムをゲーム化したものなのだ。

 もしくは……あのゲームをもとにこの世界が作られたのか……。

 いや、それはないな。


「とにかくだ、俺にとってはダンジョン運営の方法なんて、聞くまでもない簡単なことだということだ」


「まあ! さすがマスターですね! 今日のマスターはどうしちゃったんでしょう! 今まではあれほど話しかけても反応がなかったのに! 急にお話してくださるようになって、しかもこんなに聡明な方だなんて!」


 そりゃあまあ、一般的にはスライムに自我はないとされているから……話しかけても反応がないのは当然だろう。

 もしかしてこの娘、少し抜けてるところがあるのかな?


「しかし不思議なもんだな。メタモルスライムがダンジョンボスで、君のような賢い娘がサブボスなんて」


「賢いだなんてそんな! マスターのほうが賢いですよ! それに、私は少し知能が高いだけで、戦闘力はマスターほどじゃありません」


「そうなのか?」


 ぱっと見た感じだと、すごい魔法とかぶっぱなしそうな感じではあるのだが……?

 そもそもイストワーリアは、なんの種族の魔物なんだろう。


「私は、智龍ちりゅうですから」


「……は? 龍だと?」


 なんだそりゃ……。

 そんなの、スライムより格上の魔物じゃないか。


「まあ龍といっても、エルフとのハーフなんですけどね。知能と魔力は高いですけど、戦闘には向いてないみたいで……。こうしてマスターのサポート役を任されただけでも、私としては身に余る仕事なんですよ」


 なんだかずいぶんと自己評価が低いようだが……。

 正直、イストワーリアはその美貌だけで他の誰よりも人を幸せにしていると思うがな?

 特に俺としては、変なゴブリンのオッサンみたいなのが補佐じゃなくてほんとによかったと思う。

 もしも憑依して最初に出会ったのが変な奴だったら、心が折れていたかもしれない。


「そうだ……!」


「……? マスター? どうかされましたか?」


 憑依したてで頭がぼーっとしていたが……。

 俺はこんなところでいつまでも、スライムの身体に入っている場合じゃなかった。

 妹を、護らなければならない。


 ギルティアは最後に、故郷の村に帰ると言っていた。

 それに、俺の妹を殺し、魔族の血を絶やしてやるとも言っていた。

 そんなことは絶対にさせない……!

 俺は早くここを抜け出し、村へ戻らなければならない。


「だとすれば、この身体はちょうどいいじゃないか」


 メタモルスライムの変身能力を使えば、目立たずに行動できる。

 ギルティアたちの裏をかくこともできるだろう。


「ようし! さっそく出発だ!」


 俺はスライムの身体をぷるぷるっと震わせ、ぴょこぴょことダンジョン内を跳ねる。

 えーっと、出口はどこだろうか。

 まだこのダンジョンがどういうものなのか、よくわからない。


「マスター! また逃げ出そうとして! ダメですよ!」


 イストワーリアにまた捕えられ、抱きしめられる。

 だが今度はぷるんと、身体をひねって抜け出してみせる。


「俺にはやることがあるんだ! はやくこのダンジョンを出ないと!」


「…………え? ダンジョンから出る気だったんですか……?」


 俺の言葉を聞いた途端、イストワーリアは急に俺を捕まえるそぶりをみせなくなった。


「ん……? なんだその反応は。まるで俺がダンジョンから出られないかのように聞こえるが?」


「…………? 出られませんけど…………」


「…………なっ!? なにぃいいいいい!?」


「基本的に、ダンジョンマスターは自分のダンジョンから一歩も外へは出られない仕組みになっています。マスターの命は、ここのダンジョンコアと密接につながっていますから」


「……なん、だと……!?」


 ということはつまり、俺は一生スライムの身体のまま、この穴蔵暮らしってことか!?

 しかも妹を護りに行くこともできずに……!?

 そんなのは……まっぴらごめんだ!


「あ、でも……もう一回憑依を発動させればいいんだ」


「…………?」


 あのときも、何キロも先のこのスライムの身体に《憑依》できたんだから、その辺にいる生物にもう一回憑依することも可能だろう。


「よし! 《憑依》――――!」


「…………?」


 イストワーリアが不思議そうな顔で俺を見つめる。

 無駄に可愛い……。

 やめろ、あまり見つめないでくれ。


「もう一度だ! 《憑依》――――!」


 なぜ、なにも起こらないんだい?


「あの……マスター……さっきからなにを……?」


「う、うるさい! い、いいから黙って見ていろ……!」


「はい! 私、マスターのこと、ずっと見ていますね!」


 うう……イストワーリアの屈託のない笑顔がまぶしい。

 俺は《憑依》が上手くいかないイライラをぶつけただけなのに。

 とにかくもう一回だ!

 この《憑依》が成功しないことには、俺は詰んでしまう。


「《憑依》――――!」


「?」


「《憑依》ぃいいいいい!!!!」


「…………?」


「はぁ……はぁ……はぁ……。だ、ダメだぁ……」


 俺はその場にぷるんとうなだれる。

 なぜ《憑依》スキルが発動しないんだ……!?


「たぶんですけど……ダンジョン内では発動できないスキルなのではないですか?」


「…………あ」


 そういえば、そういう類のスキルは他にもある。

 例えば、空中に浮遊して、街から街へ一瞬で移動するようなスキルがそうだ。

 その手のスキルは、一度ダンジョンから出なければならない。


「つまり、俺の《憑依》スキルは無駄スキルってことか……!?」


「残念ながら……」


「はぁあああああああああああ…………」


 俺はデッカイ溜息をついた。


 どうやって妹を救えばいいのだ……?

 八方塞がりな状況に、俺は頭を抱え込んだ。

 まあ、スライムだからどこが頭かはわからんが。

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