章間SS マスター不在【とある冒険者の視点】
これは、ユノンが妹を助けるために、故郷ランタック村に向かっている間の物語である。
始まりのダンジョンには、抜け殻となったメタモルスライムと、それを抱きかかえるイストワーリア、門番のサイクロプスのみが残された。
普通であれば簡単に攻略できそうなものだが、ここは始まりのダンジョンである。
当然、やってくる冒険者も、まさかサイクロプスなんてモンスターがいるとは思っていない。
冒険者側の油断というよりも、これは巧妙な罠である。
しかもこのサイクロプス――プロスくんは、ダンジョンマスターユノンによって名を与えられ精鋭である。
今回はそんな例外的ダンジョンに、不幸にも足を踏み入れてしまった男の話をしよう。
しかし彼とて、無知な善人というわけではなく、命がけでダンジョンに足を踏み入れている冒険者の一人だ。
ただ、今回は運が悪かっただけの――。
◇
男の名はジョボといった。それ以上の名はない。ようは、その程度の男ということだ。
彼は孤児として育ち、成長して冒険者となった。
冒険者といえど、その実態は盗賊のようなものだった。
彼をそうさせたのにはいくつか理由がある。
まず、まっとうな冒険者には向いていなかったこと。
それから、彼の特殊なスキルも大きな要因だった。
「へっへっへ……今日も楽勝だぜ!」
ジョボの手元には、多くの戦利品。
ただ彼が浮かれているのにはもう一つ理由があった。
彼の能力はふたつ。
・ひとつは「千里眼」
ダンジョンの任意の場所をイメージするだけで、その場の状況を確認することができる。
これのおかげで、ジョボはダンジョンの中で何が起こっているのかを事前に知ることができた。
ただ制約も多く、一つのダンジョンにつき一回しか使えない。
・もうひとつは「ショートカット」
千里眼で確認した位置に、一瞬で移動できるというものだ。
このふたつの能力のおかげで、ジョボは暮らしに不自由したことがなかった。
「やっぱり俺って運がいいぜ」
その能力の性質上、彼はソロでダンジョンへ潜る。
今日もちょうどダンジョンを攻略してきたところだ。
ジョボの手口はこうだ。
まず、千里眼でダンジョンの最奥を確認する。
それからショートカットで移動。
これで簡単にお宝をゲットできる。
ちなみに彼に戦闘能力はない。
ならどうやるかって? 簡単だ。
あらかじめ目星をつけたパーティーをストーキングし、そのパーティーがダンジョンで苦戦しているところに移動する。
ジョボは負けそうなパーティーについていくのを好んだ。
ダンジョンのボスとパーティーが削り合ったところに、ジョボが登場するのだ。
そうすることで、あとはとどめを刺すだけ。
弱ったパーティー側の女も好きに出来るというわけだ。
まあつまり……ジョボという男は小狡い子悪党というわけだ。
◇
ジョボは、始まりのダンジョンの手前にやってきていた。
そう、先ほど目当てのパーティーがそこに入っていったからだ。
そのパーティーというのが、ユノンが返り討ちにしたあのパーティー。
ユノンが身体を借りている「ダン」を含むあの三人組だ。
「くっくっく……今回もいいカモだな」
パーティーはダンジョンに入っていったきり、なかなか出てこない。
ということは、中で殺されたか……?
もしくはかなりの苦戦を強いられているということだ。
そのことはジョボにとって吉兆を意味する。
「どれどれ、そろそろ中のようすを見てみるか」
ジョボは満を持して千里眼のスキルを発動させる。
彼が確認したのはダンジョンの最奥――イストワーリアがユノンの帰りを待っているフロアだ。
◇◆◇◆◇◆◇
そのフロアには、パーティーメンバー3人の死体と……一人の見目麗しい女の子がいた。
興奮したジョボの目には、メタモルスライムの姿は入っていない。
「うおおおおおおおおお!? これは大当たりじゃね!?」
どういう経緯でそうなったのかはわからないが、邪魔なパーティーは全員倒されている。
さらにボスモンスターらしき存在もいない。
ということはお宝は取り放題だし、倒されたパーティーメンバーの装備なども奪い放題だ。
しかもパーティーのうち一人は女性だ。
対象の生死はもはや、ジョボには関係のないことだった。
「ワクワクしてきたぜ!」
一番のお目当てはやはり、イストワーリアだった。
なぜだかはわからないが、ダンジョンの奥に絶世の美少女が取り残されている。
「まさかアレがボスモンスターなんてことはないだろう」
ということで、ジョボはショートカット転移のスキルを使った。
一瞬でダンジョンの最奥へと移動する。
◇◆◇◆◇◆◇
「!?」
急に現れたジョボに、イストワーリアは面食らった。
先ほどユノンが出ていったばかりだというのに、もう敵がやってきたのかと。
「あ、あなたは……!?」
「へっへっへ……お嬢さん、俺といいことしようぜ?」
ジョボの眼にはもはや、目の前のイストワーリアしか映っていなかった。
ここが仮にも危険なダンジョンの中だということを、完全に忘れていた。
「い、いやです……私は、マスター以外とはそういうことはしません!」
「うるせえなぁ……! いいからこっちへこいよ」
ジョボがイストワーリアへ、一歩一歩と近寄る。
そのたびに、イストワーリアは後ずさる。
いよいよ壁際に追い詰めたと思った時だ。
ジョボは目の前に、大きな影ができていることに気がついた。
「あん……?」
不思議に思って後ろを振り返ると――。
――そこにはいましも襲い掛かろうとする、大きな一つ目の巨人がいた。
「は……?」
「ぐおおおおお! オデ、マスターに留守番任された。オデ、イストワーリア様お守りするだ!」
驚いたことにこのサイクロプスは、人語を話した。
通常のサイクロプスなら、それほどの知能は持ち合わせていない。
ということは、これはその上位種であることを意味する。
「ちょ、ちょっと待ってくれ……! なんでこんなもぬけの殻のダンジョンに、サイクロプスなんて強力なモンスターがいるんだよ!!!!!?!?!??!」
「ぐおおおおおお!! それは、マスターがオデをつくったからだ! ぐおおお!」
サイクロプスは、その強力なパワーで一振りでジョボの頭蓋を粉砕した。
――ズプシャ!
「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
それが不幸な愚か者の最後の言葉となった。
「イストワーリアさま、大丈夫だったか……?」
優しい巨人は、少女に手を差し伸べる。
この少女は守らなければいけない対象である。
そう、マスターから命じられたからだ。
それだけがこの巨人にとって大事な使命だった。
「あ、ありがとうございますプロスさん。さすがはマスターがお創りになったモンスターさんです」
イストワーリアはほっと胸を撫でおろす。
やはりマスターは偉大だと、再認識する。
マスターが不在の間、自分を護るために、最適の魔物を創り出したのだと……。
あの男は本当に自分を大切に思ってくれているのだと、そう感じたのだ。
「オデ、マスターにかわって、ぜったいにイストワーリアさまをお守りするだ。だから安心してほしいだ」
「ふふ、そうですね。安心できます、プロスさん。ありがとうございます」
イストワーリアは最初、プロスの見た目を怖く思っていた。
だが、これで安心だなと、考えをあらためる。
安心してマスターの帰りを待つことができる。
マスターは自分を大切に思ってくれている。
そう思い、イストワーリアはなんともいえない幸せな気持ちになるのだった。
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