第13話 想い


 俺はアンジェが盗賊たちに絡まれているのを見て、思わず助けに入った。

 あとのことは考えずに、身体が先に飛び出したのだ。


「もう大丈夫だ。このクソ盗賊どもは、俺に任せろ」


「ユノンくん……!」


 とりあえず盗賊の一人は、不意打ちのパンチでノックダウンさせられた。

 幸いなことに、この身体のもともとの持ち主――ダンは戦士職だった。

 そのおかげで、俺にしてはかなり強烈なパンチを繰り出せた。


「なななな、なんだてめえは!?」


 残った方の盗賊が、俺を指さしてわなわなと震える。

 情けない奴だ……。

 どうやらさっきので、俺の方が戦闘能力が上だと、察したらしい。


 仮にも俺はAランクパーティーのリーダーだったからな。

 アンジェはヒーラーだから仕方がないが……。

 この俺が盗賊なんぞに引けを取るはずがない。


「さあな、通りすがりの冒険者ってとこだ」


「な、なあアンタ! 俺と手を組まねえか?」


 盗賊は、なにやらわけのわからないことを言いだした。

 追い詰められて、気でも狂ったか?


「は? なにを言ってるんだ? お前」


「アンタと俺らで協力すれば、その女を心置きなく犯せるぜ? なあ、あんたもどうせその女の身体が目当てなんだろう? だから助けに入ったんだよな? お礼に期待して! そんなまどろっこしいことしなくても、俺たちと協力しようぜ!」


 はぁ……呆れた……。

 クズだな、コイツ。

 自分が負けるとわかった途端、そのような提案を思いつくとは……。

 どんな生き方をすれば、そんな発想になるんだ?


「お前バカなのか? 俺がそんなことをすると思うのか?」


「ひ、ひぃ……!」


「俺はお前のようなクズが心底嫌いなんだ!」


 ――ボコォ!!!!


 俺は盗賊の腹に、強烈なパンチをお見舞いする。


「ぐぇええええ! おぇええ!」


 盗賊はその場に、泡を吹いて倒れた。


「あ、あの……ユノンくんなんだよね……?」


「ああ、心配をかけたな、アンジェ」


 俺はアンジェに振り替える。

 それにしても、危ないところだった……。


「もう、心配したんだよ! ほんとに、死んじゃったかと思ったんだよ?」


 アンジェは涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら、俺の身体をぽこぽこ殴る。

 アンジェがこんなに泣いた姿は、10年ぶりに見た。

 とてもつらい思いをさせてしまったなと、俺もつらくなる。

 アンジェだけは、俺を信じてくれたんだ……。


「すまなかった……。だけど、アンジェは俺が生きてるって、信じてくれていたんだろう?」


 だからこそ、俺の登場にそれほど驚かなかったわけだろう。


「そうだよ! 私、ユノンくんならきっと、どこかで生きてるって思ってた! だから、ユノンくんに次に会ったときに笑顔で会えるように、頑張ったんだから!」


「そうかそうか……。ありがとうな、アンジェ。俺の妹を助けに、ここまで来てくれたんだろ」


「うん……」


 アンジェは本当に、やさしい。

 俺のことを唯一信じてくれて、俺の妹まで救おうとしてくれている。

 こんな幼馴染は、アンジェだけだ。


「だがアンジェ、どうして俺がユノンだとわかったんだ?」


「わかるよ……だって、どう見てもユノンくんなんだもん!」


 幼馴染だから、わかったということなのだろうか?

 まあ、俺もアンジェが違った見た目になっていても、見分けられる自信がある。


「そうか……ふふ。さすがはアンジェだな」


 俺はほっとして、アンジェの頭を撫でそうになる。


「おっと……」


 慌てて手を引っ込める。

 アンジェは怪訝な顔つきで、俺の顔をのぞき込む。


「どうしたの、ユノンくん?」


「いや……その、この身体の主は、ろくでもない奴なんだ。そんな手で、アンジェの綺麗な髪を触るのがはばかられてな……」


「そうなんだ……。でも私、ユノンくんなら、どんな姿になっても気にしないよ?」


 アンジェは変わらず、屈託のない笑顔を向けてくれる。

 俺は……どんな顔をしていいのかわからなかった。


「ま、まあとりあえず……はやく村にいこう」


 俺は照れながら、誤魔化した。

 いつか、俺が身体を取り戻せたら、ためらいなくアンジェを抱きしめたい。

 今の現状が、もどかしかった。

 アンジェは俺の肉体がどうなっても構わないというが……俺としてはなんだか気になってしまう。


 アンジェの頭を撫でていいのは、俺だけだ。


「もう、ユノンくん。スキンシップはお預けなの?」


 アンジェは少し残念そうに、頬を膨らませ、眉をよせる。


「あ、ああ……。またそのうちな……もっとまともな身体を手に入れたら、いくらでも撫でてやるさ」


 今は、再会を喜び合っている場合ではない。

 ギルティアがやってくる前に、妹を助けなければならない。


 俺たちは、少し距離を取って歩きながら、村へ向かった。

 会話もどことなく、ぎこちない。

 これは、俺が気にし過ぎなのだろうか。

 前のように、アンジェの顔を見ることが出来ない。


 これはのちにわかったことなのだが――。

 俺がそれを、恋心だと認識するには……まだまだ時間がかかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る