第3話 憑依するもの


「《憑依者》…………?」


「えっ、何それは……」


 正直、みんな拍子抜けしたと思う。

 当の本人である俺がそうなのだ。

 聞いたこともない職に、みな首をかしげる。


「《憑依者》――固有ユニークスキル《憑依》が使えます。だって……」


 アンジェが横から俺のカードを覗き込み、読み上げる。

 なにかの悪い冗談としか思えない。

 だって、幼馴染全員が英雄級の上級職で、俺だけ《憑依者》だと?

 なんでそんなわけのわからない職を授からなきゃならない?


「ま、まあこのスキルも、使ってみれば案外強いのかもしれないよ?」


 アンジェが俺に優しく微笑みかける。

 俺を傷つけないように、優しくそう言ってくれる。

 なんといい幼馴染なのだろうか。

 今の俺には、アンジェがまるで天使にでも見える。


「そうだな、ありがとう。俺は俺なりに、これからも努力するよ。みんなに置いてかれないようにな」


「そうだよ! ユノンくんなら、今のままで十分パーティーに貢献してるよ!」


 だが励ましてくれるアンジェとは裏腹に、さっきから俯いて黙りこくっている人物が一人。

 《勇者》の職を授かったギルティア・カストール。

 奴はなにやらブツブツつぶやきながら、俺に向かってくる。


「おい、キサマ《憑依者》だと!?」


「あ、ああ……そうだが……? なんだよ急に」


 さすがの俺も困惑する。

 少し思っていた上級職と違っただけで、なにもここまで態度を変えなくてもいいだろうに。

 さらには勇者であるギルティアのこの行動によって、周囲の反応も変化する。

 大衆がみな、ギルティアの動向に注目している。


 これは……マズイな。

 俺はだんだん恐ろしくなってきた。

 身の危険を感じ始める。


「おいユノン、俺の家族が昔、魔族に殺されたことは覚えてるよな……?」


「あ、ああ……もちろんだ」


 そう、俺たちがまだ子供のころ、ギルティアの家族は全員、魔族に殺されたんだ。

 幸い、俺の妹は無事だった。

 だが村には、魔族に家族を殺された者がたくさんいる。

 ちなみに俺には両親がいないが、この件とは関係ない。


「だったらよぉ! さっさと消えてくれねぇかなぁあ!?」


「…………は?」


 なぜだかギルティアの態度が豹変する。

 俺は地雷を踏んだ覚えはないが。


「みんな聞いてくれ! こいつの持つ《憑依》ってのは、魔族が使う闇のスキルなんだよ! だからこいつは魔族だ!」


「おいおい、ちょっと待ってくれ」


 なんだか妙なことになってきたぞ。

 こいつは恨みで我を忘れて、トンデモ理論を繰り出していないか?

 勇者の言葉、というのはそれほど大きいのだろう。

 会場全体の空気がガラリと変わり、俺への不信の目が強まる。


「俺の家族を殺した魔族もそうだった! 目の前で! 親が妹に殺される苦しみがお前にわかるかよ! 俺の妹は、魔族に憑依されてたんだ! だから、その後憲兵に殺された!」


 なるほど、確かにあの事件の真相はそんなだったな。

 《憑依》という特殊なスキルを使う魔族がいる、というのも事実なんだろう。

 だがそれと俺が魔族であるかどうかというのは、まったく別の話だ。

 だというのに、バカな大衆共はコイツの言葉を鵜呑みにしたのか、ざわつきはじめる。


「この薄汚い魔族め! その《憑依》スキルを何に使う気だ!」


「そのスキルでエッチなことをする気だろう!」


「人殺し! 近づかないで!」


 などと、観客たちから野次が飛ぶ。

 さらには手荷物などの物まで飛び交う始末。

 とんだ誤解だ。


「ちょっと待てみんな! 俺は魔族じゃないし、危害を加えるつもりもない!」


「そうだよ! ユノンくんは……」


 アンジェが俺を擁護しようとしてくれるが、俺はそれを慌てて制止する。

 指で合図し、首を横に振る。

 アンジェの気持ちは嬉しいが、ここで俺を擁護すると、アンジェにまで危害が加わりかねない。

 どうせアイツらのことだ、アンジェが俺に《憑依》で操られているなどと言い出すに決まっている。


「ユノンくん……」


 俺はアンジェに目だけで礼を言い、後は黙るように指示をだす。

 幼馴染なのだからこのくらいの無言のコミュニケーションはお手の物だ。

 最悪俺はどうなっても構わないが、アンジェには幸せになってもらいたい。

 それにこいつは優しいから、俺の妹の面倒も見てくれるだろうしな。


「やっぱり、ユノンは魔族だったのね! この裏切者! 今まで私たちをよくも騙してきてくれたわね!」


 腹黒エルフのエルーナが、俺を突然罵倒する。

 こいつ……マジか。

 昨日は俺に言い寄って来たくせに、ひとたび俺が勇者に選ばれなかったとなるとこれか。

 手のひらが柔らかいな。


「おいエルーナ、よく聞け。ギルティアが勇者に選ばれたから、俺を切り捨てギルティアにつこうとしているのだろうが、お前は間違っているぞ。騙そうとしてるのはギルティアのほうだ」


「魔族が何を言っている! そんなたわごと、通用するか!」


 あ、ダメだコイツ……。

 もはや聞く耳を持たないようだ。

 エルーナがこうなったらもう説得はできない。

 幼馴染だからよくわかるのだ。

 エルーナという人間エルフは、とにかく権威主義で、腹黒で計算高い。

 マジで幼馴染ながらクズだと思う。


「そ、そうよ! 私だって、ユノンに痴漢されたんだから!」


「な、なんだって!? それは酷いな……」


 れ、レイラさん……!?

 酷いのはお前らでは……!?

 クソこいつら幼馴染のくせに、こうもあっさり俺を切り捨てるのか?


「私、昨日ギルティアとえっちしてるとき、誰かの視線を感じてたの……! それに、この前荷物を受け渡しするときに、お尻を触られたわ!」


 いや昨日俺はその時間、アンジェと話をした後、一人でゲームをしていましたが……?

 というか腹黒エルフ、お前も話したからそれを知ってるだろ!

 こいつ、知ってて証言しないつもりか……。


「ユノンくんはその時間、私とお話をしていました!」


 あれほど止めたのに、アンジェが口を開いた。


「おい! こいつは《憑依》で操られているぞ! 話を聞くな!」


 だが案の定、ギルティアがそう決め付ける。

 これは、どんな証言も無駄というわけか……。

 むしろ人間を操って扇動しているのは、ギルティアのほうじゃないのか?

 俺にはそう思えてならない。


「ユノン・ユズリィーハ覚悟しろ! 薄汚い魔族め! 俺はお前を追放――いや、討伐する! なぜならこの俺様が真の勇者だからだ! 悪は滅びるべし! うおおおおおお!」


 ギルティアはそう言って俺に剣を向けてくる。


「ちょっと待て、誤解だ! 俺は魔族じゃないし、皆に危害を加えるつもりもない。本当だ。信じてくれ!」


 言っても無駄だろうが、俺は最後まで自分への疑いを否定する。

 実際、殺されるようなことは、なにもしていないのだ。

 身勝手な決め付けで殺されるなんて、あまりにも理不尽すぎる。


「うるさい! 誰がお前の言うことを信じると思う? 闇スキル使いの変態ヤロウめ! 今まで俺たちをよくも騙してくれたな! 死ねえええええ!」


「ユノンくん! 逃げて!」


「アンジェ!?」


 そのとき、アンジェが俺を庇い、ギルティアの前に立ちはだかった。

 だが、ギルティアはうちのパーティーでも一番の武闘派だ。

 それに、今のコイツは仮にも《勇者》なのだ。


「邪魔だアンジェ! どけ!」


「きゃっ――!?」


 アンジェはすぐに押しのけられてしまう。

 こいつ……アンジェに手をあげやがった。

 許せねぇ……。


「うおおおおおおおおお! 来るなら俺に来い!」


 俺は倒れたアンジェを庇うようにして、自ら刺されにいく。

 せめて、最後は美しく散りたい――。


「はっはぁ! 勇者ギルティアさまの初勝利だぜぇ!」


「う…………」


 ――ドサッ。


 俺はその場に血を流して倒れる。


「いやああああああああああああ! ユノンくん!」


 薄れゆく意識の中で、アンジェの叫び声が聞こえる。

 俺を思って、泣いてくれるのか。

 それだけが唯一の救いだな……。


 ――だが、ちょっと待てよ。


 もうすぐで俺の意識が完全に途絶える寸前、俺は急に頭の回転が速くなったような錯覚に陥る。

 俺は――まだ

 なぜだか急に、そう思えてきた。


 猛烈に、死にたくない。

 生きたいという欲求に襲われる。

 なんだこれは、なんだこの感覚は!


 そうだ、俺にはまだやることがある。

 妹のために仕送りを続けなきゃならない。

 すると、再びギルティアの声が聞こえた。


「はっはぁ! 次は村に帰って、こいつの一族もろとも皆殺しだァ! 俺の味わった屈辱を味合わせてやるぜ! 薄汚い魔族の血を絶やすのだ! はっはっは!」


 なん……だと……!?

 今こいつは、この勇者クソボケは、俺の妹を殺すと宣言したのか!?

 この俺の前で!?

 最愛の妹を……!?


 許せん……!

 ますます死ぬわけにはいかなくなった。

 俺は、妹を守らなければならない。


「く…………そが…………っ…………!」


 俺は最後の力を振り絞り、手を伸ばす。

 ギルティアの足首を掴むことに成功する。

 こいつだけは許さねえ。

 逃がさねえ。

 故郷の村になんか、死んでも行かせねえ!


「んあ? なんだこいつ、まだ生きてやがったのか。とっとと死ねや!」


「ぐふぁう!?」


 俺は再び腹を刺される。

 だが、そんな痛みなどどうでもいい。

 それよりも、怒りのほうが強い。


「これでトドメだ! しつこいゴキブリ野郎め!」


 ギルティアが再度剣を高く振り上げる。

 俺は、自分が死なないための、最後の行動をとった。



「《憑依》――――!」



 半分潰れかかった俺の喉が、絹を割くような音で鳴った。

 そのとき、俺の意識はもうすでににはなかった。


「ユノン……くん……?」

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