第27話 漆黒の女神 -Deep Black Goddess-

 仁科の目には、アイラをどこか、慈しむと言うべきか、尊崇とも言うべき複雑な表情を浮かべて見つめていた。

 禍々しく人ならざるものではあるものの、見知った者の顔。

 彼女の本質は変わっていないとどこか信じている。

 見つめつつ、最期に出した言葉はこれであった。


 漆黒の女神様だな


 見たままの表現であったが、その短い言葉に様々な感情を籠めていたのであろうか、仁科の顔はゆったりとした笑顔のまま動かなくなった。


「・・・ウケイレルワ」


 黒くなったアイラがゆっくりと答えた。

 全身から紫のスパークが再び走り始める。

 ここでどう言うわけか、過去の目にした世界がプロセッサ内で自発的に再生された。

 映像が流されるのにどう言うわけか、ガイの隠れ家があったアパートでの記憶。

 初めて仁科と顔を合わせた住人同士の親睦会の様子。

 子供達と戯れている傍ら、ガイと共に酒を片手に声を上げて笑う仁科の様相。

 後日の、ガイが負傷した時に、にこやかな顔をしながら差し入れを持ってくる仁科。

 アイラの眼前に、人ではなくなった仁科に過去を映した映像が重なる。

 そしてガイはアイラの目を見て静かに驚いた。

 紫の虹彩から流れ出る涙。

 黒から溢れる白。

 オーバーフロントで初めて出会ってから初めて見せた、彼女の“物理的な感情”。

 引くつく異形にアイラは両の掌を向け、触れた。


「・・・眠レ」


 スパークが一気に消え、量の掌から白い靄が現れる。

 その靄はアイラと異形を包み、眩い光が周囲を包み込み消えると、異形だけが消えて黒いアイラだけが残った。


「・・・仁科のおっさんはどうした?」


 ガイが聞く。


「コノヨウナ状態デ残スノハ可哀ソウト思ッタカラ、星ニ還シタノ。

 ドウ言エバ良イノカ分カラナイケド、人間ノ感情ガ分カリ始メテキタノカモ」


 アイラは何処か寂し気に答えた。

 靄が消えて再びスパークが黒い身体を纏っている。


「そうか。

 ・・・そう言えば、その身体は何なんだ?元からある機能なのか?」


「コレハ分カラナイワ。生物学デ言ウ変身ナノカ、進化ノ先デ元ニ戻ルノカ、初メテノ事ダカラ。

 私ノ中ノぷろせっさニモナイワ」


 すると、徐々に漆黒の姿とスパークの色が薄くなり、白くなり始めた。

 アイラはこれに気付き両手を目の前にやると、元の白い表面組織に戻り始めている。

 全身を纏っていた禍々しいスパークは完全に収まり、目も元の白い猫目に戻っていた。


「変身だったようね、次また変身出来るかわからないけど、こっちの姿の方がいいね」


 ガイに向き直り、アイラはにっこり笑うが、どこか儚げであった。

 ここは機械である証明でもあったのか、先程の涙の後は全く残っていなかったが、元の姿に戻っても、軽く再び水滴を流す。

 アイラに感情が定着し始めている事にガイは気付いたが、敢えてその事を指摘しなかった。




 再びオーバーフロントにて、更に様相の異なりを見せ始めた。

 人間や機械兵に置き換わり、異形が複数蠢いている。

 あちこちにいるようではあるが、レイのラボのみ隔離しているのかこの中に人間だけ集中している状態。

 特に慌てている風でもなく、計画的に異形を外に解き放った模様である。


「アナタたちは、XX-01とCODENAME:GUYがここに侵入してくるまでは待機していてちょうだい。外にいるのは誰彼構わず近付く者全部に襲い掛かるから、一歩も出ない事をお勧めするわ」


 ラボ内にいる研究員達に下知を飛ばしている。

 その傍らで、簡易メンテナンスブースに入れられて調整を受けているアリアと、傍らでメンテナンスブースの調整らしき操作を行っているが、どこか怯え切った鈴里。

 更にその奥、全員と距離を取って腕を組み静かに佇んでいるジン。

 どこか物々しい雰囲気と言うべきか、ただ不気味なぐらい静かで、下知を飛ばしているレイの声だけが鈍く響いている。

 全員に対してそれぞれの持ち場に着くように伝え終え、解散させたレイがジンに近付く。


「どの道、外の実験体では全員相手にはならないとは思うから、CODENAME:GUYとのお相手、お願いするわね。

 XX-02にはXX-01への対応をお願いするから」


 レイが一方的に話しかけ、要望と言うか指示を伝えるが、ジンは微動だにせず変事すらしない。


「何かお気に召さないようね。

 でもあなたは私の元を離れる事は出来ない。だから逆らうなんて許さないからね」


 こう言われジンはようやく返事をする。


「逆らうどうこうではない。ここを離れては生き続ける事も出来ねえし、そのまま起動停止食らって何も出来なくなるのが癪に障る、それだけだ」


 癪に障ったのかジンは睨み付ける。

 しかしレイは動じる風は見せない。


「何か気になる事があるようね」


「大昔の女神と呼ばれたヤツと見た目を似せて利用してる事が気に食わねえだけだ」


「ああ、XX-01と02の事かしら?」


「ようやく落ち着いて眠れたんだ。別モンなんだろうが、どうしても重なるから気が悪くなるだけなんだよ。

 千年前に助けてくれたこの世界の女神様なんだから、下手に扱うなよ。

 アイラって自分で名乗ったのも偶然じゃねえだろうよ」

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