第29話 レイの過去 -Ray's Apocalypse-
ガイの向かった、呼ばれた先にはジンがいた。
ジンは何も構えず、ただ夜景を眺めていた。
街は相変わらず誰一人いない廃墟然とした雰囲気ではあったが、それぞれの中に人はいる為、室内灯があちらこちらから漏れ出ており、誰もいない明るい夜の街と言う異様な美景が広がっていた。
ガイはジンを見据え、影縫の柄に手を携え、いつでも抜刀出来るようにしている。
「ちっ、相変わらず澄ましてやがる」
ジンは背を向けたまま風景を見ている体に苛つきガイは毒づく。
気配に既に気付いていたのか、ジンは特に驚きもせずゆっくりとガイの方に振り向く。
「随分な挨拶だな、相変わらず。
ただ、な。呼び出したのは決着とかじゃない、大事な事を話す為だ」
「大事な事だぁ?」
ガイは苛つきを隠す事なく、噛み付くように返す。
「お前の連れてる、アイラについてだ。
レイがやたらとアイラに執着している理由。
今回の事、千年前から意図せず俺も深く関わってる。お前もな」
「俺が?」
「まずかなり昔の事、仁加山正の記憶から話す事になるが、お前が一切関わっていなかった事だ。
千年前の地星大戦、後半を覚えているか?」
「あぁー、よく詳しくは知らねえが、俺はどう言うわけか冷凍されてた状態だったからな。
・・・トチ狂ったやつが。バカをやろうとした冥府?の残党軍を出し抜いて、起動したらダメと言われてたアンドロイドを無理矢理叩き起こして滅ぼそうとした、よくわからねえ大迷惑な戦争だったよな?確か」
思い出すようにガイはしかめっ面のまま答える。
ジンは言いにくそうに、少し間を置いてからあっさりと答えた。
「そのトチ狂ったやつは、俺の事だ」
「は?・・・嘘、だろ?」
「ああ、俺だ」
「あんだけ人間をどうたらこうたら、何かにつけて庇いまくってたテメェが?人類を滅ぼそうとした?」
「ああ」
淡白なジンの返答が乾いて響く。
これにガイはどこか受け入れられないのか、不意に軽く笑いだす。
「はははは、いきなり随分面白え冗談言うじゃねえか。
で?そのとんでもねー冗談とアイラの件、どう絡んで来る、て言うんだよ?」
「トチ狂った俺が起動させようとしたのが、アイラだった」
「・・・は?」
「厳密に言えば、お前と一緒にいるアイラは似せられたと言えばいい。
オリジナルと言われるアイラは、AP UWX-V99X。
当時これもアイラと呼ばれていた」
「AP UWX?その型番だけは聞いた事があるな。
相当危険な戦闘人型兵器とだけ認知していたが、まさかあいつが?」
「お前と一緒にいるアイラの形式番号は、本人から聞いていると思うがXX-01。
レイが開発した際に、APアイラの型式番号の末尾にあるXを超えると言う意味でXXにしたそうだ。
実際、俺もAPアイラの性能を目の当たりにしているからわかるが、実際の性能はオリジナルよりも遥かに」
「アイツがそんなやべえヤツなわけねえだろがぁ!!」
話を遮り、ガイはジンの胸倉を大袈裟に掴んで黙らせる。
怒りを抑えれなかったのか、ガイの顔に覚醒した証の紋様が浮かび上がっており、ジンを掴んだ右腕はワナワナと震えている。
「アイツは、初めて会った時に、人間になりたいと言ってきた!
叶えようと必死で頑張って来た!
人と触れ合ってどんどん人間らしくなってきてた!
今や本物の人間より人間らしいぞ!!」
「随分とガイらしくなくなったな。
その顔、あの頃に戻って見たかったな、2021年」
そう言われ、ガイはハッとして固まる。
ジン自身、されるがままに掴まれているが、表情はどこか柔らかく、優しげもあり、寂しさもあった。
「今のお前となら、あの頃は絶対に敵対しなかったのにな」
「当時の標準語で喋るんじゃねえよ、気色悪い。
テメェらしい関西弁で喋れよ、違和感しかねえぞ」
照れ隠しなのか苛ついたのか、ガイは雑に手を離す。
「だがもう今更戻れない。だが、これからは何か少し変わるかも知れない」
ジンは思い出すように目を瞑り、黙る。
ガイから意見を、意志を真っ当にぶつけられたはいつぶりだろうか。
「これから話すのは、」
不意に目を開け、ガイに視線を向け、再び淡々と告げ始める。
「凛堂レイについての過去だ」
「は?あのカマ野郎の過去?
今更それを知ってどうなるってんだ?」
「お前、同じ苗字なのに何とも思わなかったのか?
もう知っていると思ってたが、レイはお前の直系の子孫になる。
お前、昔自分の苗字を名乗らせなかった子供がいただろ?」
「いたな・・・。あのガキの子孫になるのか。
暗殺家業をしてる父親の名前を名乗らせるにはいかんって、柄にもない貴重な親心を出したつもりだったんだが、もしやアイツの怨念がまだ生きてたって事か?」
ガイも思い出すように遠くを見るような目になる。
確かに、いた。
自身にとっては、本当は望んではいけない存在であった。
ただし、生まれたら生まれたで愛おしく感じた存在。
しかし、自身の立ち位置から、それすらを拒否しなければいけない存在。
「二千年も経てば怨念自体は流石に薄れる。
だがレイ自身は敢えてその怨念をも利用したようだ」
「けっ、相変わらずあのカマ野郎は趣味悪いな」
「ヤツ自身、二千年代の病名で言えばPTSDになるのか、毎晩悪夢に魘されている。
恐らくだが、本人の話を聞く限りでは、父親から妙な教育を施されていたようだ」
「お前の子供から代々、父親が息子に対して性的な教育を施す。
これ以上は言わなくても、どう言うつもりかはさて置いて、どういう事なのかはわかるな?」
「は?あんのガキ、んな事してやがったのか」
「お前が名前を名乗らせなかった息子、セイヤだったな。
お前に対する親としての感情がどこで歪んだのか分からんが、父親はこう言うものと言う教育を代々行っていたようだ。
その時の母親、社会的地位のある家柄だったと思うが、地位を守る為に便宜上の婚姻はおこなっていたと思う。
セイヤの怨念が代々続き、それが悪習化してレイの代にまで続いて来た。
レイはお前自身には特にどうこう恨みの感情は特にないようだが、アイラの成長の促進剤として利用してはいるようだ」
「けったクソ悪い話だな」
深く溜め息をついたガイは、ふと重く呟いた。
「・・・俺自身が俺の血脈を断たなきゃならんとは」
「そして俺自身も、APアイラを唯一コントロールが可能と言う事で、記憶だけ引き摺り出された。だが俺が拒否したのにも今回の事に原因がある。
お前をこの状況に巻き込んだのは俺のせいだ」
間髪入れず、突然ジンはガイに向けて首を垂れた。
「・・・本当にすまない」
突然の謝罪に、ガイは狼狽した。
普段の憮然とした澄ました表情の面影もない、有り得ないものを見た目になってジンに怒鳴りつける。
「は!?テメェに頭下げられたとこで何にもなるか!!
い、いくら詫びたってテメェの事、あの時の事を許してねえからな!
あれは別だ、全く許すつもりもねえぞ!」
「もちろんそれはそれ、これはこれだ」
罵声を制するように、ジンが首を垂れたまま、静かに、確かな声で答えた。
「け、どうにもやりにくいな。
見た目も中身もジンそのまんまだから、別物と分かっててもどうしても、な」
ガイが悪態をつくと、スッとジンが頭を上げる。
そこには、ガイにとっても懐かしい顔がやはりそこにはあった。
「器は違っても、俺は俺だ。仁加山正ならそう言うだろう」
「けっ、テメェもテメェで不安定なヤローだな」
「それで、そんな事を教えてとうするんだよ?」
「俺は千年前、アイラを守り切れなかった。
俺自身の欲で利用もした。俺にはアイラを守る資格はない。
お前の頑固な人格まで変えたと言う経緯があるなら、アイラはお前に完全な信を置いてると判断した。
だからお前が最期まで守ってくれ」
「テメェが俺にお願いと来たか。
まあ、言われなくてもそのつもりだ」
意外や意外、
「にしても、レイにそんな過去があったなんてな。むしろよくそれで研究に没頭出来たもんだな」
「むしろその過去があったから研究出来たのかもな。
俺も、アイラも、アリアも、全てヤツに利用されている。
俺達ですらもヤツの掌の上だ。
アリアは、アイラが万が一真に覚醒して手に負えない時のストッパーとして造られた。何度か対戦する内に、総合性能は上でも本質のところでは勝ち切れなかったようだから、そろそろアリアを切りにかかるかも知れない」
「あ?散々利用しかしないで切るだと?」
「アイツはそう言うヤツだ。
過去に同情の余地はあっても今は今。
お前がアイラを守ってくれるなら、俺がアリアを今後どうするか、見定める」
そう言ってジンは背を向け、再び遠景に目をやる。
「色のとおり、アリアは良くも悪くも純真無垢のようだからな。
人間の精神崩壊のようにバグらなきゃいいが」
「そうならない事を願うだけだろ、お前が仁加山正の記憶を持ってるならな」
そう言われ、ジンは再びガイに向き直る。
何か意を決した、澄んだ視線をしている。
「本筋に戻すが、レイはアイラを真に覚醒させたら、この世界をまた壊して、二回目の"交代"を起こそうとしている」
「は!?また"交代"だと!?冗談じゃねえよ!!
またアレを起こすとか本気で頭おかしいんじゃねえか!?」
「それぐらい、ヒトを憎悪してるって事だ。
お前や俺と似て非なる、憎しみだな」
ふと、全体にアナウンスの声が誰もいない街に響き渡る。
内容は戒厳令が解除された旨の放送であり、音声が二巡目の時に建物の中から人々がおそるおそる外へと出始めた。
まだ車両など機械的な物は何も動いていないが、街が再び動き始めた。
「都合良く作られた戒厳令が解除されたみたいだな、人が外へ出始めている」
「外に誰もいなかったのもヤツの仕業か?」
「レイ自身、東都の立法府と公安の上層部とも相当繋がっているから、これぐらいどうて事はないだろう。
これからの一件どう思うかはお前次第だが、ある意味、"CODENAME"としての総仕上げの仕事になるだろうな」
「ザンとシンが生きてたら、遣り甲斐しかねえって狂喜乱舞するだろうよ」
「そうだな。シンは乗り気だったろうし、ザンのおっさんはとにかく面白がってただろうな」
「・・・変わりすぎちまったな」
「俺達が時間をかけ過ぎただけだ。
誰だってどんなものだっていなくなり、変わり続ける。
所詮そんなものだ」
ガイがふとジンに近付き、拳をジンに向け掲げる。
「今回だけは一時休戦だ。
これが終わったら、今までの忖度抜きに、必ず決着をつけるぞ」
「・・・いいだろう」
ジンもにこやかに、しかし気持ちがどこか別にあるような複雑な表情でガイの拳に自分の拳を軽くぶつけ、応えた。
「そう言えば、そのAPアイラはどんな感じだった?」
「お前の知ってるアイラとそうは変わらないだろうな。
敢えて言うなら、彼女の口癖は、"人間に戻りたい"だった
俺のヘッドストレージに当時の網膜映像があるが、切り抜きした画像でもいいなら見るか?どんなヤツだったか知っておいても良いだろう」
「わかった、頼む」
するとガイの視界に、うっすらとアイラと似た何かが写し出される。
身に纏った衣装はワンピースといった具合だが、色白の肌に黒髪、黒い衣装と言う点では全てアイラに合致している。
そして、顔や体型も、何もかもいつも見るアイラと全く同じだった。
「本当にアイラそのものだな、最初に会った時とおんなじ顔してやがる」
「そのアイラが最期に"ほんとうに、ありがとう"て言いやがってよ。
それを聞いて仁加山正は、最期の最後で"人は違う形に望みを託した"と感じて、全てを見届けて死んでいった」
「今やっと、お前の事をジンじゃないと実感出来たぞ。
それでも、お前は変わらんな相変わらず」
「そりゃそうだな、俺は仁加山正の亡霊であって本人じゃない」
ジンの顔がどこなく淋しげに夕日に馴染んだ。
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