第28話 妄執 -Delusion-
ジンの返答にレイはいつもと違う顔を見せる。
普段のどこか張り詰めた、冷えた笑みではなくどこか柔らかい、思い出すかのような顔。
「下手に扱うも何も、彼女達には敢えて自分の思うような行動を敢えて取ってもらっているだけ。これ以上の他意はないわ」
レイにこう答えられても、ジンのどこか険しい顔は崩れない。
「貴方自身は当時を生きていない。貴方はCODENAME:JINのようで違う。
サイボーグ・ジンなのよ。そこまで気にする事があるのかしら」
「・・・同情みてえなもんだ。実際俺の頭にある仁加山正の記憶には鬱陶しさも感じるが、仁加山正本人でもおそらく同じ事言うだろうな。
・・・下らねえ事を話過ぎた」
一瞥くれてからジンは足早にレイの執務室を出る。
レイの手元にあるデスク上の埋め込まれた端末に、アイラのシルエットをした別物の何か、写真のような物が表示されていた。
かつての昔、黒い女神と呼ばれた存在があった。
その女神は機械仕掛けの身体を持ち、白い柔肌と黒い髪、漆黒の装束を身に纏った、さながら“漆黒の女神”とも呼べる。
基本的に敵意はおろかそもそも“人間の感情”と言う物にさして興味はないようで、如何なる混乱や事象を目にしてもまるで意に返さなかった。
しかし、“この世の理を壊す存在”を目にした時だけ、彼女は動いた。
現れる虚無の一部、そして確固たる虚無を壊して回った。
最後の虚無は人間が閉じ込めるも、全ての虚無が消し去られたと見て彼女は永遠の眠りについた。
人に希望を与える女神は、純白の見た目とは限らない。
悪魔たりえる黒であっても、人に希望を与える事がある。
その文の末尾に、文を記したと思われるゼイル・ガンザーラと言う名と、大小様々な動力パイプが繋がれた、黒い少女が写された写真があった。
その写真を見てレイは、懐かしく、愛おしそうな眼で静かに呟く。
「アイラ、あと少しよ。
私のお願い、聞いてね・・・」
アイラとガイはヘカテイアの中に戻って以降、一切口を開かないでいた。
ガイは自身の装備品のメンテナンスをしていた為ある程度気が紛れていたが、アイラは仁科の件によってか、はたまた自身の新たなる姿が発現した事によるものか、自身のプロセッサに強い負荷を与えたようで、表情がどこか遠くを見るように長い事茫然としている。
サリーもかなり気にしており、ガイにはハーブティーなどを振る舞っては落ち着くように促せていても、アイラに対してはどうすればいいのか分からずにいる。
ただでさえ、客としても接した事のない存在であり、その関係を除いたら更に分からない。
ガイからは、普通の人間のように接しても問題ないとは聞かされていたが、完全人工のアンドロイドの心とどう向かい合うべきか。
不意に、ガイのリスト端末から通知音が鳴る。
気付いたガイはすぐに端末の画面に指で触れて確認すると、無表情だった顔が一気に歪む。
「ちっ、憎たらしいヤツから呼び出し食らった。
俺一人で出るから、アイラを頼む」
そう言われ、ガイは装備一式を片付けて影縫を左手に携え、アイラに駆け寄る。
「お前はここにいてろ」
そう声をかけられ、アイラはガイに向き直り、何か言おうと口を開きかけるが、ガイが遮る。
「大丈夫だ、いつもみたいに暴れるわけじゃねえ、話するだけだ」
ガイの目が少し緩む。
微笑んで安心させようとしたのだろうが、普段から笑わない事が災いしたのか、何処かぎこちない。
「ちょっとアナタ!そんな顔しちゃダメよ、女の子を不安にさせちゃダメ!」
サリーからダメ出しを食らい、少し申し訳なさそうにガイの眉が垂れる。
「まだそっちの方が良いわよ!
任せなさいな、何か分からないけど、しっかりやって来なさい!」
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