第30話 ヘカテイアの最高傑作 -Best of Hecatia-
一方、ヘカテイアではサリーの趣味が再度暴走していた。
仁科の一件でただ呆然と固まるアイラを何かしら元気付けようと、と言うのはおそらく建前であろうか、あれこれ着せ替えている。
アイラは前回と変わらず呆気に取られている。
ここで、アイラがサリーに質問をぶつける。
「人間の女性、そんなに話した事ないけど、こんなに着替えるものなの?」
促されて手渡された衣装を纏ったアイラが姿鏡に写る。
前まで着ていた黒のノースリーブにミニスカートが、そのまま真っ白になった風ではあるが、アイラの肌がそもそも人に比べて白すぎる為、衣装が余り目立たないどころか長い黒髪だけが強調されて浮いて見える。
「そうねえ、頻度は人それぞれじゃないかしら?
買う時はどれが似合うのか確認する時ぐらいかしらねこんなに着替えるのは」
更に奥から引っ張り出して来たのか、サリーは衣装をハンガーラックごと引っ張り出して来た。
吊り下げられている衣装は黒から白、様々な彩りに満ちて長さがそれぞれ不揃いにぶら下げられている。
「人間が服を着るようになったのは何百万年も前と言われてるし、その頃は必要最低限のレベルしかなかったようだけど。
着替えて楽しむ、て言うのはここのとこ一万年しかいってないかもね」
白では駄目だと思ったのか、今度は濃い紫の肩無しシャツにストレッチパンツを手渡す。
「まあ、そんなもんじゃないかしら?
私も子供の時はよく分からなかったけど、母に連れられて初めて本格的な衣装を着せてもらったのね。
そしたら鏡に写った自分が自分じゃないみたいって、あれが最初の感動だったかしらね?気付けば自分で店開いて売る側になったまでよ」
「感動・・・。
ガイもそうなのかな?」
サリーに手渡された衣装をまじまじと見ながらアイラは呟く。
「どんな人間でも、違いはあっても感動はするのよ。
カレの場合、アナタが気に入ったのを見せて喜んでいる姿が感動になるんじゃないかしら?」
少し間があり、アイラは意を決したのか、素で思ったのかわからないが言葉を発した。
「ガイが喜ぶ事したい」
陰っていた貌に少し光が戻る。
アイラの表情に安心したのか、サリーは微笑しながら紫の衣装からハンガーを取る。
「ふふ、カレからはアナタはかなり人間くさいって聞いていたけど、そんなにまだ自然に言葉が出るならほとんど人間ね。
体が普通とは違う、だけぐらいかしら。
カレのアナタへの気の掛けよう、どこか普通じゃないものね」
ここで部屋に誰かが入って来たのか、声かけもなくドアが開く。
かなり複雑な表情のガイが戻って来たのだ。
「あら、帰って来たのね?
きっちりお話は出来たかしら?」
「お袋みてえな事言うなよ。
まあ、とんでもなくぶっ飛んだ話をかなり聞かされたけどな」
アイラの衣装替えは一時中断し、ジンから聞かされたと言う話をガイから聞かされた。
今わかっている範囲でのレイの目的。
ジンはかつてガイが知っていた人物とは似て非なる存在だった事。
アリアの今後の処遇。
そして、今わかっている範囲での、アイラが造られた目的。
かつて存在した、アイラのモデルとなった自分と同様の存在。
更に、その先の、アイラを利用した今後の世界の行く末。
「アイラ、お前はお前だ。似たものが過去にいたとしてもお前じゃない」
ガイは、アイラがショックを受けさせないよう、かなり気を付けた喋り方を心がけていたが、やはりアイラ自身、話の内容に口を軽く開けて茫然と聞いている。
「昔から思ってたが、一々言葉で区切って分けようとするから人間てややこしいしめんどくせえんだよ。
お前自身、ありのまま受け入れりゃいいんだ」
「あら、貴方自身出来ていなかった感じのようね?
随分苦労したのね」
サリーに同情されたのが少し癪に障ったのか、それとも自身のかつての甘さに自己嫌悪しているのか。ガイの顔に一瞥くれるような表情が表れる。
「大昔の話だ、あの頃はこんな身体にされてかなりヤケクソになっていたからな。
こういう思考になったのは、今から五百年程前か。
誰も俺を知らない人間しかいなくなってからやっと、てところだ」
独白してから、ガイはアイラに改めて向き直る。
「俺はジンに対して、お前の事守り切るって啖呵切って来た。
アイツもアリアをどうするべきか見定めると言っていたから、まあヤツの事だから変に心配しなくて良いだろう。
レイのヤローから守るし、お前が人間になりたいってその望み、叶うまで付き合い切ってやる。
それと、ジンが言っていたお前のモデルになったアンドロイドの口癖が“人間に戻りたかった”と言っていたらしい。
どういう因縁なのかわからねえが、お前が“人間になりたい”と言ったのも無関係とは言い切れんだろう。だから」
アイラに向き合ったまま、ガイはアイラの両肩を掴む。
感触自体、全くアンドロイドとは思えない程に柔肌であり、正に人間のそれと言ってもおかしくなく、ガイはますます機械とは思えなくなっていた。
対してアイラはキョトンとした顔でガイの目を見て茫然としたままだ。
「俺に最期まで、見届けさせてくれ」
ガイの見据えた目に、いつもの気怠さを感じさせない真っすぐなガイの声に、アイラは声を発する事無く、ただ頷いた。
うっすらとであるが、口元にどこか微笑んでいるようにも見えた。
「さて、お邪魔のところ悪いけど」
ここでサリーが割って入る。
我に返ったガイはハッとしてアイラの両肩から手を離し、何を思ったのか立ち上がって背を向ける。
「恥ずかしがらなくていいのよ!
私にとっちゃどれだけ年上でも、息子みたいに思っちゃってるから。
さて、お話している間に、アナタにピッタリなモノを見つけたわ」
そう言ってサリーは、アイラの前で一着のドレスを両手で広げて見せる。
広げられたのは、以前アイラが着用していた衣装と模様が変わらない、黒を基調とした、紫がかかったドレスだった。
ストレッチ生地を使用して作ったのか、どうやら全身にはフィットする構造のようで、衣装自体はそこそこ細身である。
ただ以前と違うのは、どこか紋様めいた刺繍柄が施されていた。
幾何学的と言うべきか、抽象画風と言うべきか。
今までの衣装の中ではどこか異彩を放っていた。
「私が若い時に作ったモノの一つでかなりの自身作だったんだけど、どうもイマイチ人気がなくてね。初心を忘れない為にデザインをそのままで新しく何度か作っているの」
広げたまま、サリーはドレスをアイラに手渡す。
「やっと見つけたと思うの。だからこれは私からのプレゼントとお願い」
アイラはそっとドレスを受け取る。
何か感じたのか、アイラはすぐにドレスを手にして大きい声で答えた。
「すぐに着てくる!!」
そう言って、手近にあった試着室に入ってカーテンを閉めた。
「あら、ちゃんと男がいるなら別室で着る事は教えていたのね」
からかうようにサリーが聞くが、ガイはまだ背を向けたまま答える。
「アイツいっつも同室で平気で着替えやがってたから困っただけの話だ。特に深い意味はねえ」
すると、すぐに試着室のカーテンが開く。
「えらく早いな。ってお前、その恰好・・・」
アイラの新しい出で立ちを目にしたガイは絶句した。
やはりと言うべきか、紫がかった黒は全てアイラに似合っていた。
難なく着こなすどころか、アイラの秋冬使用と言った具合の雰囲気にまで馴染んでいる。
何よりもガイが驚いたのは、ジンに見せられたアイラのモデルのアンドロイドも似た出で立ちをしていた事である。
「本当に、ありがとう」
サリーが涙目になりながらアイラにゆっくりと近付いて抱きしめる。
よく意味が分からなかったのか、アイラは再びキョトンとした顔になる。
「今日この日、この瞬間の為に服を作り続けたようなものだわ。
私の最高傑作よ・・・!」
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