第7話 歩み得る街の中の少女 -A girl learning to walk-

 人の見た目を得たアイラの生活は、少し長閑なものであった。


 ガイが少し話し方に苦言を呈し、話し方を変えるように要望したところ、アイラはあっさりと話し方を変えて、ガイいわく“今の雰囲気と同じ年頃の人間の女”の話し方に変えたが、どうにもまだ合成音声なのは否めなかった。




 まず始まったのは、ガイによる話し方の特訓だった。


 ガイが一音一音、母音と子音の発音の仕方を口の開き方で真似るように伝えて、アイラはその口の開き方を真似する、と言う内容だが、アイラは高機能なAIであった為か順応が早く、わずか数日でほぼ習得。


 たまに変な発音が出るとガイが注意するぐらいで済むまでになり、会話自体にはほぼストレスを感じる事はなくなった。


 そんなある日、アイラはガイに提案した。




「街、もう一度行ってみたいでス」




 そうガイを見つめるアイラは無表情だが、どこか無垢な雰囲気も出ており、ガイはどう返せばいいか迷う。




「行くなら昼間だ。お前の今の見た目はヤツラには知られていないだろうからそこの心配はないだろうが、地上に下りてきてすぐに変なヤツらに何かされてた事を考えたら夜に出るのは良くねえよ。


 俺もしっかりついていくからな」




 ガイの諭す言葉に、アイラは無表情に頷いた。








 東都の行き交う人混み、共にけたたましく響く喧噪。


 頭上数メートル上には浮遊する車が飛び交い、更にその上には数々の突き抜けたビル、より高い晴れ渡っている空にオーバーフロントの区画が複数、ぼんやりと見える。


 ガイは敢えて初日に逃亡してきたルートから外れた、アイラが初めて見た街並みの場所とは違う商業区を選んだ。


 歩道にはそこそこの人数が歩いており、その中をアイラとガイはただゆっくりと歩くが、アイラは周囲の光景が夜見た時とまるで違う様相に何を感じたのか目を丸くしながら周りを仕切りに見渡す。




「余りキョロキョロするな、不審者と思われるぞ」




 ガイはそっとアイラにだけ聞こえる程度の声で窘める。


 アイラは従ったが、どうにも我慢出来ないところがあるのか時折目線が横に向く。


 どう言うべきかガイは迷ったが、注意して以降は露骨に顔を振る事もなくなったので、特に咎めなかった。




 そして二人は、ヘカテイアと電光文字が煌めくアパレルショップの前に立っている。




「ここは?」




「お前の”最初の服”を買った店と同じ店だ。


 今日はここにいると聞いてな。新しく増やすぞ」




 ガイは店の扉の取っ手を掴み、少し雑に開けた。




「そう言えば」




 扉を開いてすぐに立ち止まるガイ。




「奴らは何故こんなに動きが遅い?」








 オーバーフロントの凛堂研究所は、地上の都市部に比べて静寂に包まれている。


 人のいる気配がほぼなく、退出した後のような無機質な空間が続く中、唯一物が詰められた空間があった。


 その空間の中は、黒い人型が様々に、大量にメンテナンスブースに収められている。


 いずれも人の形をしているだけで髪や肌、顔のパーツはなく、無個性が静かに横たえている。


 その中でもひときわ、異質なモノがあり、その前に凛堂が立っていた。




「もうボチボチ、というところかしら」




 ひとり呟く凛堂は忙しなく透過パネルをタップしている。


 半透明のパネルで、目の前の”異質なモノ”に対しての何等かの操作を行っているようである。


 その”異質なモノ”は、周囲の黒い人型に対して真っ白のようで、メンテナンスブースの内部の照明に照らされて尚更白く見えるのか全体像がはっきりと見えない。




「黒と白、相容れないお互いの存在、ね」










「待っていたわ、このコが例の?」




 昼間にも関わらず”夜の都会の姿”さながらの恰好をしたサリーが、アイラの全身を嘗め回すように繁々と眺める。


 見られている事の意味を理解出来ないアイラは、表情を特に変えはしなかったがサリーに問う。




「私の何が、珍しいのデすか?」




 アイラの質問に、サリーはサッと表情を固まらせた。




「あなた、人間じゃないの?」




 サリーの驚く質問返しに、アイラは無表情のまま無言で頷く。




「バレねえかと思ったが、さすがに声でわかっちまったか。


 連れて行こうか迷った理由はこれだ」




 ガイは少し困ったように頭を掻く。




「一人で行動させるわけにもいかねえし、かと言って今着てる服だけしかコイツ着ないから困ってんだ。


 だから仕立て頼む」




 そう言われ、サリーは何を思ったのか、固まっていた表情が徐々に柔らかくなる。




「いいじゃない、私さすがにロボットの仕立てをするなんて初めてよ。


 しかもルックスも非常に良しとキタわね。


 今までに仕立てたお客の中でも相当に上位のモノになりそうよ。


 それと、あなたはそのルックスだと変な男ばっかり寄って来そうだから、近づかれにくい衣装にするわね。任せなさい!」




 サリーの目に煌めきが見えたように、アイラは感じたようだ。


 ガイはこの光景に不思議さをどことなしに感じていた。








 仕立てを開始する事おおそよ一時間。


 それまでにアイラの”真新しい服”の候補がどんどんと仕立て直されたり、小物に至っては素材の状態で一から作り出されたりしている。


 サリーにとってはここまでの”やりがいのあるお客”は随分久しぶりだったのだろうか、糸縫いや裁ちバサミの手捌きが随分に大胆さを増している。


 アイラとサリーが仕立てで少し離れているのを、ガイは遠目に見守っている。


 すぐ近くをスタッフが通りがかりに、ガイに声をかけてくる。以前行った店にいたねちっこい店員とは違い、爽やかさがある。




「うちのボス、ここまで生き生きしたお仕事されるの久しぶりに見ましたよ。


 今後ともご贔屓にお願い致します」

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