第6話 純黒の衣 -Pure black costume-

 ガイの言う“隠れ家”は、とても隠れ家とは思えないだろう。

 何せアーケード側に面していたり、人通りが多く、それぞれに部屋があるとは言え共同の住人がいる。

 靴を脱いで屋内に上がり、ところ狭しと様々な住人が行き交う。

 誰もがガイと顔見知りなのか、どの住人も陽気に挨拶をして来る。

 小さな子供までガイに寄りかかって来る。

 ここでは余程慕われているようだ。

 そしてアイラはここで初めて人間らしい感情を持ったであろう出来事。

 明らかにこの中では異質な存在である自分に、誰もが特に驚いたりもせず、ガイが連れて来たなら、と特に咎めない上に歓迎された。

 更に研究所や裏路地で会った男達のような品の無さはない。

 上品ともかけ離れているが、それでも最初に出会った人間達とは明らかに違う。

 これにアイラは口があるであろうその箇所が不意に動くのを感じた。

 これがどう言う意味なのか、この時はわからなかったが、周囲は頻りに、アイラが笑ってる!と驚いている様子だった。

 確かに機械人形が笑っているのならそれだけでも大事だろう。


 そしてガイの個室に入れられたアイラは、ここで服を渡された。

 ガイの右腕にあるリスト端末から黒い衣服が現れた。


「すまねえな、大通りの店にこれしかなくてな。

 ここのヤツらにも余ってる服ないか聞いてくる」


 そう言ってガイは服をアイラに手渡し、部屋にある姿見の大きな鏡で確認するよう促してから部屋を出た。

 部屋にはアイラ一人が残された。

 部屋自体も、人間一人が生活するにはそこそこ充分な広さであろうか、しかし家具や家電と言ったものが殆ど無く、実に殺風景な部屋とも言えた。

 床のフローリングも、そこそこに年季があるのか色がくすんでいる。

 それに、何よりも目を引くのが、クローゼットから見える数着のコートと、それより多いであろう銃器や剣の数々。

 その上で、特に何の変哲もない四角な姿見の鏡がある。

 しかし、アイラにとってはどれもが新鮮に見えた。

 機械で言うなら、どれも自身の記憶情報にない事ばかりだったと言っていい。

 ひとしきり部屋を眺めた後に、アイラはその服のたたみを解いたが、ここでアイラは少し固まってしまう。

 衣服の情報はアイラ自身のプロセッサの中にもある程度あるが、その服も情報にない代物だった。

 上着に袖はないようで、首を通すであろう穴は襟が少し長めについている。

 一緒にまとめられていたのはスカートで、少し目が眩しく感じるぐらいの紫の刺繡塗料が施されている。

 いずれにしても、どちらも澄み切った黒の衣類だった。

 更に、上着に至ってはどう言うわけかサイズが小さく作られているようで、アイラが着るとどうも体のラインがハッキリと出てしまうようだった。


 これの着方がわからず着るかどうか決めあぐねていると、ガイが部屋に戻って来た。手元に膨れた紙袋やごみ袋を手にしている。


「もらってきたぞ、て。

 まだ着てなかったのか?」


 ガイが聞くとアイラは目の模様を向けて答える。


「私ノ情報ノ中ニハナイ衣類ダッタノデ、装着方法ガワカリマセン。

 教エテ頂ケマセンカ?」


 まさかのお願いに、ガイは少し困った顔をした。


「チッ、よりによってなんつーモン寄越しやがんだよ」


 ガイは少し考えて、意を決したように言った。


「わーったよ!着せてやるから!」




 二時間は程はかかったであろうか、ようやくガイはアイラへの試着を終えた。

 買った黒い服以外にも、住人達からもらったお古全てを試着したので、これにはガイも少し参っていた。

 いくら見た目が真っ黒でわかりにくいとは言え、シルエットは人間の女性そのものである上に、触れた時の肌の感触が人間の女性のそれだった。

 ガイはどうにも女性との接するのが昔から苦手だったのか、赤面こそしないものの、本当にどうしたら良いのかわからない風であった。

 

「全部オメェのだ、だから好きな組み合わせでいいから必ず着ろ。

 それと、毎日服は替える事、いいな」


 ガイの申し付けにアイラは素直に無言で頷く。

 そして特に気に入ったのか、ガイが最初に与えた純黒の衣装をまた着ていた。


「なんでまたそれ着てるんだよ」


 目のやり場に困ったのか、ガイは少し困った表情をする。


「・・・最初ニ与エテ頂イタ物ダカラデス」


 アイラは答えるが、どうにも詰まった風がある。


「ん?何気にしてんだ?」


 ガイはサッと真面目な顔になり、アイラに再び問う。


「アナタハ私ニ、殺シテ欲シイトオ願イサレマシタ。

 デモアナタハ私ニ、マダ意味ハ良ク分カラナイノデスガ、コウシテ物ヲ与クレマシタ。アノ研究所カラ逃ゲ出スノニモ協力シテクレマシタ。

 私ノ願イヲ叶エテクレルダケノ為ニ、ココマデシテクレルノハ、何故デスカ?」


 ガイは少し察した。

 自分は人間でもないのに何故ここまで施されているのかがわからない、と。

 そもそも機械人形に“施される”の意味が分かるのかどうかは別問題ではあるが。

 それに人工知能の中のプロセッサの中で何か異変が起きてるとも取れる。

 話し方も出会った当初よりは何故か、言葉の選び取りが片言ながらも機械の発する音声とは何かが異なっている。


「オメェが人間になれる為にする事はどんな事か分かんねえけどよ、俺は出来る事をするだけよ」


 ガイは、ただそれだけ答えた。ところが、


「・・・っておい、えらく見た目が変わってるぞ!」


 ガイに促され、アイラは鏡を見た。

 瞬間的に変わったのか、それとも既に変わっていたのをまるで認識していなかっただけだったのか、アイラは全身の真っ黒な雰囲気とは大きく異なっていた。

 真っ黒でしかなかった肌はまだ一部に黒い本来の肌が痣のように残っているが、透き通るような白い肌に変貌していた。

 更にガイからもらった黒いドレスが更に際立って見える。

 そして何よりも、大きな変貌は顔だった。

 細くはあるがキリっとした切れ長の目。

 暗紫の瞳に、白いながらも少し目立つ細い鼻筋。

 そしてまだ短いながらも、紫がかった黒い髪が生え始めていた。

 まだ坊主頭のような状態ではあるが、この短時間で突然生えたのなら、女性にとっての一定の長さを得るまでにはそこまで時間はかからないだろう。


 ここでガイは一言だけ、呟いた。


「・・・どう言う因果だか」

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