第5話 黒から染まる女神 -Goddess dyed from black-
目の窪みを認めてから、他にも変化がある事にガイは徐々に気付いた。
体全体の表層に、まだ疎らながら明るみが差し始めており、人間の顔のパーツらしきものもぼやけていながらも輪郭が見え始めていた。
全身がただの黒いマネキンだったのが、人の様相を少し呈している。
ガイは直感的に、アイラは人を殺す事によって何らかの形で人間の遺伝子情報を読み取っているのだと感じた。だが、
「無駄に人を殺すなよ。奴らにバレたらどうすんだよ」
ガイは静かに窘めた。
アイラはぼやけた輪郭をガイに向けるが、それでも表情は依然として知れない。
「・・・ワタシハ、タダ危害ヲ加エテ来ル存在ヲ排除シタダケデス。
彼ラノシテキタ事ノ意味ハ分ラナカッタノデス。
デスガ危害ヲ加エニ来テイルト判断シタマデデス。
問題ガアリマスカ?」
アイラは薄っすらと見える瞳のような模様をガイに向けて、言葉を発した。
如何程のものか、今すぐに自分が言っている事を理解するようには無理とも言えたのか。
ガイは二人に近づき、小男を吊し上げたアイラの右腕をゆっくりと下ろす。
下ろされた事には理解したのか、アイラは素直に小男の首を離した。
解放された小男は盛大に咽込み始めた。
「ゲホッ!ゲボォォォ!!
・・・テンメェ、何て事しやがら」
「俺は今日機嫌がいいんだ、だから今すぐここから消えろ。
テメェのような三下に水差されるんはゴメンなんだよ」
小男が悪態をつき切る前に、ガイがコンバットナイフを喉元に突き付けた。
余りにも咄嗟過ぎたのか、小男の咽込みですらも止まり、恐怖を感じたのか顔が真っ白になっている。
情けない小さな悲鳴を上げながら、小男は大通りの方に向かって、仲間の死体にすら目も暮れず走り去って行った。
「ああやって研究所の人間も殺して、遺伝子情報を読み取って吸い上げたのか?」
アイラの腕を離したガイは静かに聞いた。
しかしアイラは目の模様をガイに向けたままで何も答えない。
「研究所でオメェは確かに、人間になりたいと言ったな。
そんな事が出来るなら、俺に人間になりたい、なんて言うのはどう言う事だ?」
続けてのガイの質問に、アイラはゆっくりと答えた。
「人間ニナリタイト思ッタノハ、最初目覚メタ時カラズット思ッテイマシタ。
最初ニ、私ガ起キタ事ニ気付イタ研究所ノ男性ガ私ニ近ヅイテ来マシタ。
『動けるのか!?それならヤらせてくれ!いつものように!』
ト言ワレテ、ドウ言ウ意味ナノカ聞キ返シマシタ。ソレデ」
アイラが喋り終えらせずに、ガイはアイラの口を塞いで遮った。
「待て、それ以上は言うな。俺がお前の中の記憶情報を見る。
ジッとしてろ」
そう言うガイの紅い瞳孔が水銀色の瞬膜に覆われ、アイラの目の模様に焦点を合わせた。ガイ自身の司会には、風景がグレースモークにかけられたように全体的に暗くなっている。
暫くアイラの瞳に焦点を合わせたまま数分が過ぎた時、ガイは突然アイラの口元から手を乱暴に放した。
「・・・けっ!そんなヤツらなら同情する余地もねえか!」
瞬膜が消えたのか、ガイの目は元の紅い瞳に戻っていた。
しかし、どう言うわけかワナワナと震えている。
「・・・研究所ノ男性ガシテイタ事ノ意味ガ分カッタノデスカ?」
アイラは抑揚のない声で問う。
ガイはどう答えるべきか少し迷ったが、こう答えた。
「お前の“人間になりたい”願望にはまるで関係ねえ話よ。
それより服を揃えてやったから、俺の隠れ家で着せてやるから、着いて来い」
答えた、と言うより、答えをごまかした。
研究員がしでかしていた暴挙、硬派に生きて来たガイにとっては胸糞の悪くなる記憶情報だった。
大通りより更に外れた、先程とはいた裏路地とは雰囲気の異なった下町に、ガイとアイラはやって来た。
ガイにとっては帰って来た、と言うべきか。
東都の地上都市部の南方区に位置する小規模な商業区と、港湾に連なる工業区の境目に位置し、様々な人間が行き来している。
雰囲気としては、旧世界になる20世紀後半の日本と言う国の光景を再現しているらしく、大通り等がある中央区に比べると一様に全員お洒落とか締まった雰囲気はまるでなく、古き良き下町、と言った具合だった。
「ここのヤツらは全員気がいいヤツラばかりだから、堂々と歩いてもいいぞ。
だがこれは着ておけ」
商店街のアーケードがあろうか、煌々と暖色に照らされた天井路地に入る手前の裏路地で、ガイから羽織っていたコートを渡された。
アイラは黙々とコートを羽織った時、ガイの腕に模様が刻まれているのに目を留めた。
黒く禍々しく、鋭角な模様が両腕にびっしりと描かれ、シャツからも溢れ出るように背中の模様であろうか、黒いラインが覗き見えている。
それぞれの隙間を埋めるように、何やら小さな文字が長々と刻まれている。
「・・・腕ノ模様ハ、傷デスカ?」
アイラの不意な問いに、ガイは失笑した。
「違ぇよ。これは刺青みたいなものだ。
ホントは余り見られたくねえんだが仕方ねえよ。
オメェのその恰好だと、真っ黒とは言え全裸にしか見えねえからな」
そう言ってガイが顎で来いと合図し、アイラは従った。
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