第4話 より闇深い刃 -Darker than black blade-

 アイラは無言どころか、微動だにせずに裏路地でガイを待っていた。

 雨上がりであったろうか、ビルの非常階段や雨どいから雫がしきりに垂れており、ただでさえ湿り気のあるこの場所を一層と濡れさせた。

 アイラ自身も濡れてはいるがまるで意に介していない。

 そして大通りとは反対の、影に覆われた裏路地から男達が五人はおろうか、品のない笑い声を上げながらアイラの前を通りすがろうとした。

 しかし、その内の一人の、歯が盛大にかけた七色の髪色をした、どこをどう見ても上品さのカケラもない派手な服装をした小男がアイラに気付いた。

 人目には、アイラはただのマネキンか何かに見えているであろう筈が、この小男は周りの仲間を呼び止めて妙な提案を始めた。


「これ、女の体の形してないか?

 感触も本物っぽいぞ!」


 七色髪の小男が下衆い声でアイラの体のあちこちを雑に触り始めた。

 色んなところを撫でたり叩いたり、果ては揉み始めている。

 これが人間の女なら、唐突には出来ない事ではある。


「テメェ、いくら女に相手されねえからって使用済みのダッチワイフとか趣味悪いぞ。しかも形が女なだけで真っ黒じゃねえか」


 仲間の一人の、大柄な巨漢が窘めるが、彼も小男の性欲の旺盛さに呆れつつ失笑していた。


「逆にもったいねえじゃん!

 ちゃんと持って帰って、色しっかり塗れば全然使えるだろ!」


 小男の痺れを切らしそうな下品な焦りに、仲間全員は下品に大声を上げて笑い声をあげる。

 そしてアイラの右手の指が僅かながら、男達の品のないを感情を感じ取ったのか、少し動いた。




 裏路地から幾何も離れていない距離の、大通りに面したアパレルショップにガイは入った。

 繁華街と言う事もあり、服は様々あるが、どれも余りにも煌びやか過ぎて、逆にアイラに着せるにはかなり浮いて見えてしまう。

 余りにも露出度が高い上に、蛍光色が多い。

 ざっと見渡しながら探していると、絵に描いたような胡散臭い、若い店員が話しかけて来た。


「何かお探しでしょうか!?

 ここは女の子用ファッションですが??」


 どうにも鼻につくような、苛立たせてくれる喋り方だった。

 店にはどうにも似つかわしくない、脂っこい顔の店員の目を見ると、どうにも色々疑わしい色をしている。


「ツレが外で待ってるんだが、引っ込み思案でな。

 代わりに選んで来てやると言っている。

 この中で、地味な色のヤツはねえのか?」


 少し尖り気味にガイは返した。

 その語気に少し殺気が滲み出てしまったのか、店員はすぐに身震いして、「少々お待ち下さいませ!」と店の奥に消えて行く。

 数分程待たされていると、代わりに別の店員が現れた。

 ガイよりは見た目が少し年上然とした、中年の女性だった。

 いかにも夜の世界の住人、と言った風体で、グラマラスな体型に、顔などの容姿は整っている。俗に言う美魔女と呼ばれる人種であろう。

 彼女が手にしていたのは、真っ黒で小さな布地だった。


「これだけ派手な色合いのお店で、地味なモノを注文したのは貴方が初めてね。

 恐らく最後かも知れないけど」


 誰もが、彼女の声を聞くと艶めかしいと思うかも知れなかったが、ガイにかけた言葉は少し辛辣が込められていた。


「上客でなくて悪かったな。ツレが服なくて困ってるだけだったんでな。

 値段に糸目はつけねえから、それと同じような物全部よこしてくれ」


 ガイは特に彼女の棘のある言い方を物ともせず淡々と言い切る。


「いいわねぇ、何だかあなた面白そう。

 ・・・今同じような物はほとんどないから、二日待ってくれないかしら。

 残りは入荷次第連絡するわ。すぐに着れる状態にしておくの?」


 ガイの話し方に何かを感じてどう気に入ったのか、急に辛辣さを消してまったりとした口調になる女。


「ああ、そうしてくれ。

 ツレの身長から見ると、おおよそM寸でいいと思うから、そのままでいい。

 二日したら取りに行く」


 対してガイは全く表情を変えず、リストバンド状の端末の画面をタッチし、送金手続きを完了させた。


「・・・店の名前がヘカテイアってか。

 死の女神ってか。中々けったいな趣味をしてるな」


 端末の画面を消したガイは少し毒づいた。


「私は別の意味でつけたんだけどね。“無敵の女王”って意味でね。

 夜の世界でそういう女になりたいコ達はいっぱいいるんだから」


 世間話風に女は続けるが、実のところ、彼女の目線は目の前のガイに対して好奇心を寄せていた。


「・・・アンタがここのボスのようだな。

 当面は服の面で世話になるかもしれない。

 短い間になるかもだが世話になる」


 そう言い、ガイは服をリスト端末に服を量子化して収納し、すぐに踵を返し店を出ようとしたところ、女が声をかけた。


「次からアタシの名前を言ってくれたらすぐ用意させるようにするわ。

 サリーで覚えておいてね」


 店主である女、サリーの声に、ガイは背を向けたままぶっきらぼうに右手を挙げて理解の合図を示した。

 そして店を出て少し小走りに戻ったガイは、アイラを待たせてある裏路地に入り込んだが、待たせていた場所にアイラはいなかった。


「チッ!あいつどこ行ったんだ・・・」


 ガイは悪態をつきかけたところで、足元のベットリとしたものに気付いた。

 ビルからの雨垂れで幾分か薄まっていたが、そこそこの出血が見て取れた。

 しかも見て取れる量でも、軽く数人はあろうかと言う量である。

 更に、その血溜まりから裏路地の奥の方に何かが引き摺られた後があった。血を流した主がここから奥に引き摺られたのであろう。

 ガイはその引き摺られた後を辿り始めた。

 そして、その途上で死体が四体確認出来た。

 誰もが、如何にも街のワルと言った風体の若い男達であったが、胸を貫かれたり、腹を裂かれたり、全身の骨が有り得ない方向に曲げられている。

 ガイは淡々とその死体達をやり過ごし、すぐ手近にあった曲がり角の先を見た。


 真っ黒なヒトガタが一人の男の喉を掴み、持ち上げていた。

 七色髪の小男が助けを求めているようだが、喉を強く掴まれていてまるで声を出せないでいるようだ。


「アイラ、そこで何やってる」


 ガイは特に慌てもせず、無表情に暴力を振るっているアイラに声をかける。

 アイラは小男を持ち上げたまま、何もない顔をガイに向けた。

 ここで、ガイはアイラの変化に気付いた。


 僅かながらとしか言えなかったが、人間の顔ならそこにあるべきもの。

 アイラにはないもの。

 目の窪みのような形をしていた隔たりに、漆黒の煌めきが光った。

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