第26話 願いと応え -Desire and Accept-
声にならない声のような、言い知れぬ不安。
仁科の顔をした物体が、何かを伝えようとしている。
しかし本体と言える異形の生物はアイラとガイに敵意を向けた姿勢を取っている。
仁科だったと思われるモノに声をかける間もなく、衝突が起きた。
他にいた同様の四体も跳躍、アイラとガイラに飛び掛かる。
「どんなヤツらかわからねえから距離取って様子見ろ!
触れても問題なさそうならすぐに始末だ!!」
「わかったわ」
ビルの屋上を転々と着地を繰り返しては跳躍、とにかく回避を徹底する二人に異形達は追いかける。
異形はそれぞれ、目のない顔を攻撃的に歪ませる。
口らしき穴から何かが吐き出され、二人は懸命に避ける。
吐き出された何かが地面やコンクリートの壁にあたり、煙を上げながら溶け出す。
躱しつつ適度に距離を取って観察するガイは、アイラの変化に気付いた。
「(あいつ、あんなもの腕から出してたか?)」
アイラの手首から、黒い何かが現れていた。
煙と言うべきか、紋様と言うべきか。
最初は手だけだったのか流石に気付かなかったようだが、その黒い何かは腕に広がり始めていた。
更によく見ると、アイラの表情もどこか険しく、いつもの無表情に近い薄ら笑みすら浮かんでいない。
ただ険しいとも言い切れず、どこかやり切れない貌。
このような状況で、人間らしさが垣間見える。
ガイもどこかやり切れなく思ってはいたが、今は目の前の異形に集中すべきと影縫を構え直す。
その構え直しを見抜かれたのか、一寸の隙を付け込まれた。
ガイの手元から影縫が弾き飛ばされた。
人の顔がついていない異形の一体がガイに急接近し、更に腕を倍以上の長さに伸ばして影縫の柄を雑に握り、無理に取り上げて放り投げたのだ。
銃で牽制はしてはいたものの、全て躱されていて牽制どころか威嚇にもなっていない。
素手で異形を制圧どころかこの状況から脱する事が出来るのか。
「ちっ、畜生、俺とした事が」
毒づいたのも束の間、ガイの右肩を何かが貫いた。
異形の口から杭上の舌のような物が伸び、骨ごと貫いたようである。
更に傷から煙が上がり、激痛が走る。
先程から異形が吐き出している液状の何かは、強酸性の唾液のようであった。
再生力がいくら人より強くとも、傷が毒で常に塗られているようでは意味がない。
ガイはどれだけぶりだったのか、久しぶりの”激痛“に慟哭した。
しかし、突き刺さった舌が上がったままでガイの身体は持ち上げられたままで、身動きが取れない。
ここで別の異形と相見えていたアイラがガイの状況を目に留めた。
しっかり構えていたにも関わらず、ガイの惨状を目にしてだらしなく無防備になる。
「アイラぁ!一旦退けぇ!!」
無理してガイは叫ぶが、アイラは動かない。
続いてガイはまた怒鳴ろうとするが、アイラの更なる変化に叫ぶのをやめた。
両腕を包んでいた黒い何かが全身を包み、全身が黒に染まっていた。
アイラの先程の見た目とは対照的に真っ黒。
顔に紫色の稲妻のような左右対称の紋様、そして眼球は黒になり紫の虹彩が現れ、禍々しい見た目をしている。
「・・・スグニ解放シテアゲル」
アイラの呟きに、ガイは出会った当初のアイラを思い出した。
真っ黒のヒトガタであったが、髪などの人らしい部位がなく、黒いマネキンと言った印象だったが、今いるアイラはそれとはまるで別物であった。
アイラの呟いたその直後、雑に掃う様に左手を上げると同時に、アイラの手近にいた異形は触れられてもいないのに身体が両断された。
そしてビルの屋上で飛び移る必要があるのに、アイラは意に介さず足元の屋上の床面から足が離れ、空中を歩き始める。
ガイを貫いている個体以外の全ての異形が変化したアイラを見止め、強酸性の涎を垂らしながら威嚇する。
アイラに三体飛び掛かるも、アイラに近付く全てが瞬時に斬り裂かれた。
最後に飛びついた個体は斬り裂かれるだけに留まらず、首元を手刀で貫かれている。
全身にバリアフィールドのような障壁が表面組織ギリギリに展開されているのか、強酸性の体液や涎、血液を浴びてもアイラの身体が溶解する気配がない。
「(見とれてる場合じゃねえ)」
貫かれたままのガイはアイラの行動に触発され、動き出した。
貫いた舌を握り、捻り倒す。
無理に舌を曲げられた異形は断末魔を上げる。
暴れ出す直前に、ガイは掌から煙を上げつつも強引に舌を握りつぶし、引き千切る。
のた打ち回る異形をよそに、ガイは肩から残った舌の先端を引き抜く。
予想以上のダメージだったのか、解放されたにも関わらず身体が動かない。
飛び掛かった全てを片付けたアイラは、ガイを攻撃した異形に近付き、憤怒と言った形相で見下ろす。
「・・・万死、コレガオ前ノ結果ダ」
いつも以上に低くくぐもったような声で罵倒するアイラは、右掌を異形に向け、掌にエネルギーを集中させ始める。
全体的に黒く、紫のスパークが走っている、これもまた禍々しい雰囲気の物である。
「・・・アイラやめろ!
そいつをよく見ろ、あのおっさんじゃねえか・・・」
ガイは無理に声を上げてアイラを制止する。
戦闘中は埋めていた仁科の顔が、再び異形の顔らしきところから浮き出ていた。
制止されたアイラはその異形の顔を再び視認し、掌のエネルギーを霧散させた。
アイラの顔は禍々しいままだが、目を見開いて驚いているようだった。
「・・・ね、姉ちゃん、じゃ、ねか?
色が違う、よだが、姉ちゃん、じゃね、か?」
仁科の顔がたどたどしくアイラに話しかける。
「こんな形で、またとか、すまね、え。
おそらく、お前ら、追ってるヤツらが、俺を、こんな体、した。
・・・苦し過ぎる、殺してくれ」
この声にアイラはまだ固まっている。
声は続く。
「お前ら、おかげで、何てない、人生、良くなった。
せめて、お前ら、どこまでどうなるか、見ていたかった。
今意識ある内、俺が人間である内、殺してくれ」
アイラは何も答えれずにいたが、ガイが答えた。
「世話になったってのに、助けられずにすまねえ。
・・・せめてそれだけでも、させてもらう」
弾かれた影縫を手にし、左手だけで影縫の刃先を仁科の顔に向ける。ところが、
「・・・ワタシニサセテ、ガイ」
アイラが止めに入った。
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