第14話 相反する色 -Bilateral Asymmetry-

 しかし、突然アイラの視界が吊し上げた男ではなく見慣れた背中で埋め尽くされる。灰褐色のロングコートに血黒い紋様が描かれた、見慣れた背中。

 ガイが割って入り、男をアイラから引き剥がして胸倉を掴んでいる。

 喉元を離された男は息を荒くさせるので精一杯なのか声は出すが言葉にし切れていない。


「お前の事だ、意味もなくこんな事はしねえだろ。

 大体コイツが何かやらかそうとしたのは聞かなくても察しはつく。

 だがこれだけ見てられてる中で殺したりするな」


 ガイはアイラに背中を向けたままアイラを静かに叱りつけた。


「で、あいにくコチラにはテメエに全集中出来る程構ってられる余裕はねえ。

 今なら何にもしないでやるから今すぐここから失せろ」


 男の胸倉を手放したガイは手を放して吐き捨てる。

 男は徐々に息が整って来たのか、悪態をつき始める。

 アイラに長く喉を圧迫された為か顔面が赤紫に変色しており、血管が不自然に浮き出ている。


「貴様ら、“天上人”にこんな事していいと思ってるのか!?

 今後悔させてやるぞ」


 そう言い男は自身の持つリスト端末を勢いよくタップし始める。

 しかしタップしてすぐ間もなく、手首からリスト端末が真っ二つに落ちた。

 手前にはガイが青黒く光る小刀を逆手に構えて刃先をチラつかせる。


「あまりガキどもの前でしょうもないショーを見せる趣味はねえ。

 弁償代ぐらいくれてやるからとっとと失せろ。二度は言わねえ」


 青黒い小刀の刃先が男の喉元に突き付けられる。


「へ、覚えてやがれ」





 男が立ち去った後は特に変事はなかったが、以来アイラとガイは子供達にとても懐かれるようになった。

 ガイ自身は余り子供に寄られるのは苦手としている節はあったが、アイラ自身は楽しそうに子供達と話したり遊んだりしているので、まあここはいいかと敢えて気にしないようにした。

 しかし、ガイは同時に思う事があった。

 自称“天上人”がこんなところに何の用があって来たのか。

 オーバーフロントの住人は、地上部に用事があっても基本的にビジネス街か商業街だけであり、そこですらも差別が横行している。

 わざわざ“掃き溜め”と見做す様な場所に来てまで何がしたかったのか。

 ガイはこの件を敢えて“初めての斥候”と捉えるようにし、警戒するよう努めようと思った。

 子供達に質問攻めにあっては適当にいなしてガイは自分だけ部屋に戻ろうとするが、ここで仁科に呼び止められる。


「今は礼だけ言わせてくれ。あの姉ちゃんが動いてくれなかったら俺ら子供らを見殺しにするところだったよ」


 仁科は歯痒そうに、自答するようにガイに語り掛ける。

 先程のアイラの言葉が相当に刺さったのか、自分自身の何もしない行動に憤りを感じているようだった。


「俺らも生きるんで精一杯だし、子供らいるヤツらが守れると言っても生活守れるぐらい。いざって時何も出来なかったら意味ねえよな」


「・・・昔の俺の故郷でも、そうやって気付ける人間が少しでもいたら変わってただろうに、あの時のヤツらは変わりもしなかった。だからアンタは気付けただけえらい」


 そう仁科に語り掛けると、去り際にアイラに対して先に部屋に戻るがお前はアパート内にいろとだけ伝え、先に部屋に戻って行った。




 無機質な白い、ただ白だけで構成された部屋にレイがいた。

 椅子自体も真っ白で、レイの上着まで同化しているように見える程、驚く程の無個性が犇めく部屋だ。

 レイの相変わらずの冷徹な声が響く。


「あなた、ただ無駄に派手に暴れただけのようね。様子を見るだけと伝えたでしょうに、どれだけボンクラなのかしら、鈴里さん」


 鈴里と呼ばれた、不躾そうなという表現が似合いそうな中背の醜男はレイの眼前で震えている。


「私はあくまでXX-01の動向監視“だけ”をお願いしたはずです。それを無視どころか勝手に接触までして、それどころか“俺の女になれ”だなんて・・・。

 どうして男っていつまで経ってもこうなのかしらね」


 声に抑揚は相変わらずないが、レイの視線は男を視界からずっと離さない。

 目の前にいる鈴里は完全に蛇に睨まれた蛙のようで、どうやらレイのこの状態は“非常に激昂”しているようである。


「いや、所長は全く影響ないのかも知れませんが、XX-01は普通じゃありません!どう言うわけかあれを目にすると普通じゃいられなくなるんです!こう言っちゃあなんですが・・・、男としての本能が抑制出来ないと言うか、普通に人間の女としか思えないんです!」


「そのように開発したんだから当然じゃなくて?」


 鈴里の言い訳がましい答えに、レイは間髪入れず突っ込む。


「とにかく私は指示通りにしか出来ない人に無視されるのは一番嫌いです。

 なので今回は敢えて不問にしますが、次はありませんよ。明日からは貴方に部下と言う名目で二人つけます。そしてXX-02の同行もさせるように、以上です。

 不愉快だからとっとと出て行きなさい」


 レイに淡々と告げられ、鈴里はすごすごとびくつきながら退室した。


「ホントに男ってどうしようもないわね・・・」


 レイは椅子の背もたれに体を預け、溜め息をつく。


「とりあえず、あの無能がちゃんと仕事するのかどうか見張るのもしたらいい、と言う事ですのね」


 背後から不意に声が通る。

 同時に、白い壁からフェードインするようにアリアが現れた。


「あら、コードネーム:ガイとの接触は終わったのかしら?」


「今しがた済ませて来ました。さすが“影縫”と言われただけはありますわ、私の体、メンテナンスがもう必要のようですの」


 アリアの肩や脹脛などに、小さなスパークが走っている。

 どうやら先程のガイとの初接触での戦闘で、無傷では済まなかったようだ。


「あら、流石ね。

 それだけ強い、二千年も孤独に生きて来たあの“影縫”ですらも気を許してるのが、XX-01よ」


「あら、そうなのですか。ますますアイラに会うのが楽しみですわね」


「アイラ、と呼ばれているんですか。あなたも名前は必要かしら?」


「“影縫”には名乗りましたわ。私は“アリア”と」

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