第15話 夜に馳せる -Spend All Night-

「最後のような気がするので、夜の街にちゃんと行ってみたいです」


 アイラからそう言われ、ガイは渋りながらも夜の街にアイラを連れて出ていた。

 確かに、最初に外出してからそこそこ日が経っており、カレンダーで見ると九月に入っている。

 アパート前でのトラブルでより一層警戒していたガイにとっては最早自殺行為とも取れる行動でもあり、アイラが楽しそうにしているのは良いにしても事実、自分自身は心底楽しめないのが本音だった。

 そして出掛ける際、仁科には心配されたりもしたが、そこで提案されたのがクラブハウスに行く事だった。

 ここなら人目と人通りが多く、もし見つかったとしても紛れ込んで逃げ切るのが容易なのと、人目が多い中で追手もそこまで全面的に行動に出る事はないだろうと言う事で選定した。

 しかし、ガイ自身も流石に、これで安心し切っているわけではない。

 先日のアリアの存在もあり、場所を全く考慮しない戦闘など、アリアの志向性を考えると実際クラブハウス自体も安全とは言い切れない。

 向かう道中でもガイはずっとひりついた空気を放っていたが、時折話しかけてくるアイラに対してはどう警戒してもどこか抜けてしまう。

 気分は悪くないが、どうにも落ち着けないでいた。


「・・・この前、上に行った時に何かあったんですか?」


 先日のあの事件から、アイラは時折この質問をぶつけてくる。

 オーバーフロントで、アイラと対になるような存在と遭遇した、と言うにもどのように言えば良いかわからず、まだ仔細を教えていない。

 だが、さすがに面倒になって来たガイは教える事にした。


「だぁーーー!!わかったから何度も質問するな!」


 ガイは周りに聞き取りにくい声の大きさで、アリアの存在を教えた。

 見た通りのまま、“見た目は白くなったアイラだが、中身はお前とはまるで別物”と踏まえて、オーバーフロントで初めて遭遇してからそれまでの戦闘の流れを簡潔に。


「・・・人間で言えば、私の妹、と言う事になるのでしょうか?」


「そう捉えても良いかもな。実際にヤツもそう言っていた。

 ただ、お前と違って周囲の人間には何の興味もないだろう、戦闘したら周りの被害を考えずにあちこちぶっ壊しやがったからな。

 お前と何もかも同じと考えない方が良いだろう。

 そして着いたぞ、お望みのところ」


 ガイに親指で指示された方を見たアイラは、少し口を間抜けに開けた。

 様々な色の照明が煌めき、東都共通語ではないであろう、別の共通言語の文字があしらわれた看板がけたたましく光っている。

 更に中から響いているのだろうか、低い振動音が単調なリズムで周囲を揺らしている。

 人も多く、年代で言えば20代前後の若者ばかりが見受けられる。


「ここが仁科のおっさんが言ったクラブハウスってところだ。

 中では好きにしたら良いが、基本的に俺から離れるなよ」


 そう言ってガイはアイラの右手を掴み、少し乱暴ながらも引っ張って行く。

 少しつんのめったアイラは、それでも呆けた表情を崩さない。


「・・・大人二名」


 それだけ伝えたガイは、少しガラの悪そうなスタッフにリスト端末で支払い操作を要求した。


「あいよ、グレーの兄ちゃんにそこの真っ黒な姉ちゃんね。

 認証塗料を塗るから手を出して」


 ガイはすぐさま、手首を穴の開いた何かしらの機械に突っ込み、小気味良いブザー音が鳴る。すぐに手首を取り出したガイはアイラに向く。


「今俺がしたみたいにやってみろ」


 アイラは呆けた表情のまま、言われたままに右手を機械に突っ込んだ。ところが、ガイの時とは違い、エラー音が鳴る。


「あれ、姉ちゃんロボットだったのかい?

 それなら兄ちゃんの所有物って事になるから、今兄ちゃんが登録した情報に追加しておくな。

 それにしてもロボットて事を忘れて二人分ってか、随分気に入ってるようだね」


 何となしに言った風にスタッフはにこやかに答える。


「・・・そうか、そうだったな。

 そうしてくれ」





 店内に入ったアイラは、中の光景に更に呆けた顔になった。

 外より激しく動いて光る照明に、外にまで響いた低い振動音は全身を包む爆音になっている。

 更に何よりもアイラを驚かせたのは、誰もがこの振動音に合わせて体を奇妙な動き方をしてうねっている。

 人間の動き自体はアイラの中のプロセッサにはデータとしてある程度蓄積されてはいるが、ただこれがどう言う意味を持って、どう言う効果や結果をもたらす行動なのか自身の中で結論を出せないようであった。


「これは、皆さんは何をしているんですか?」


「アンドロイドには即座に全部理解するのは難しいかもだが、これは“踊る”と言う行為だ。お前人間になりたいって言っただろう?更に人間の事を知りたいならこれもちょうど良い勉強だ」


 ガイはアイラがとりあえず理解出来そうな内容で答えた。

 確かにアンドロイドとして考えるなら、ただ無意味に体を激しく動かす事で疲れさせる事に何の意味があるのか理解出来ないであろう。

 しかし意味があるからこそこう言う行為をする筈。

 でもそれでも最適解を見出せない。

 オーバーヒートまではしないものの、アイラは思考処理に戸惑っているのかほとんど動かない。


「・・・まあいいだろう、ちょっとした講釈で持たれてみるか」


 ガイはそう言いつつ、手近にあった腰程までの高さの鉄柵に持たれかける。


「人間ってのは、ストレスを感じる。もちろん人間以外の生命体にも感じるんだが、最もストレスを感じるのは人間。

 そのストレスはまあなんだ・・・、ロボットやアンドロイドで例えたら、無理な命令を強いられて実行して、体に負荷をかけるようなものと考えても良いかもな。

 似たようなものだが、人間の感じるストレスってのは色々あるんだ。

 誰かに攻撃されたり、攻撃でなくても人に言葉で存在を否定されたり、生活するのにも苦しくなって自分の欲求を満たせなかったり。

 色々原因はあるんだが、そこまでストレスを感じるのは感情があるからだと思う。

 そのストレスを感じ続けたら、体に“心のダメージ”ってのを貯めて行く。

 それで“心のダメージ”を消す為に、無意味だろうと思われるような事をする。

 ・・・って、中々うまい事言えないもんだな」


 ガイは珍しく長々と喋り続け、アイラは聞いてはいたがどうにも呆けた表情を帰れずにいた。


「まあ、何にしてもだな。意味があるかないかは、全てに決められてるんじゃなくて、他人が決める事でもあり、自分が決める事でもある。

 言い換えれば、お前自身が意味があるかないか、決めたら良いって事だな」


 ガイはゆっくりながらも全て言い終えるが、店内に爆音と踊りの歓声がただ響き渡る中、アイラはようやく、ゆっくりと口を開いた。


「・・・これが人間。

 ・・・これが、私のなりたかったもの」

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