第36話 淘汰 -XENOGENIC and Neo de ekzisto-
※注意※
当話から過激かつグロテスクな表現が増加します。
苦手な方はブラウザバックを推奨致します。
雨垂れの中、異形と化したレイの腹から、着衣越しに黒く長い、尖った指が着衣を裂き、開けると虚無な目が覗かせる。
特に痛がると言った異常を全く見せないレイは、腹の何かには感づいたが、愛おしそうな眼で腹に目をやる。
「ヴォイドそのものか、まがい物か。
いいとこから出てくれるじゃねえか」
狂気の笑みを広げ、ぎらつかせた目をアイラに向ける。
互いに似た黒に、本質の異なる染まり切る二人。
「コイツ食いてえって言ってるよ、手始めにテメェからだギャハハハ!!」
レイの奇声と共に互いが飛ぶ。
ぶつかり、勢い良く水飛沫が飛び散る。
異形の腕が振り被られ、アイラはスウェイで躱し、影縫を左に持ち換え、異形の腕の流れに合わせて横に薙ぐ。
着衣が裂かれ、腹の目が露わになる。
レイの身体はもはや生き物の身体と言う体を成しておらず、別の空間が広がっていた。
見た目通りと言うべきか、まるでダメージを負っているように見えない。
弾かれた水飛沫が重力によって引き戻され、降りしきる豪雨に混ざって二人を濡らす。
その水飛沫に隠れ、レイは左腕を変異させ、指が鉤爪となりアイラに振り被る。
影縫を突き立て、柄に乗り上げて逆立ちでアイラは舞い躱す。
影縫の切っ先が浮き、アイラの宙返りに合わせ縦に一閃が走る。
しかしレイ自身にダメージが見て取れない。
「効かねえなあ、効かねえなあ!!!」
けたたましく嗤うレイの声が雨の中でもよく聞こえる。
体中から虫の節足が突き破って現れ、伸ばしてアイラに先端を勢い良く向ける。
躱し、刃で弾き、腕で流してはまた躱す。
脱兎の如く駆け抜け、雨を散らしながらひたすらにアイラは躱す。
「エネルギー指数増量中、ヘモグロビン指数内酸素濃度が急低下、デオキシヘモグロビンに変異中。
無機物ならそれに合わせて・・・」
冷静な分析を行いながらの戦闘。
アイラには慣れた芸当ではあるが、情報取得の量が今までの比にならず、珍しく回避と防御、分析で手一杯となっている。
「さあさあ!!ほらよほらよ!!!
人間を否定する俺と人間になりたがる貴様どちらが正しいか答えてみろよ!!」
ジンは残された鈴里だったモノとの睨み合いからから離れる事が出来ずにいた。
レイが逃走して以降すぐはまるで動く気配を見せないでいたが、それから程なくして体積を増大させている。
鈴里自身は一般男性の平均身長程の高さに、重量はやや肥満気味であった程度であったが、当初はウデムシを思わせる巨大な甲殻虫、今では表皮が更に変質して節足が生えた巨大な黒ずんだ肉塊と化していた。
ジンの頭の中にある仁加山正の記憶によると、レイが言っていたヴォイドに関しての記憶があった。
しかし、ヴォイドなるモノは、何かの生物に対して結合又は吸収する性質を持ち、いずれも共通要素を持たない新種の生物に変異する。
ただ別のモノに変わる、と言う記憶情報しかなく、ヴォイドが元素となるなら、鈴里がどのようなモノに変異するのかまるで想像出来ない。
更に、ヴォイドは存在するだけで破滅的な害を成す、理不尽極まりない迷惑な存在。
一体でも放置するのは、この世の破滅をも意味している。
故にジンは動けないでいた。
「・・・ちっ、えれえもの持ち込みやがって」
悪態をついたところでも、目の前の時限爆弾のような存在を放置するわけにはいかない。
すると、肉塊の上部から裂け目が現れ、中から赤味を帯びた黒い体液のようなモノが溢れ出して来た。
余りの悪臭に、ジンは咄嗟に鼻を裾で覆い隠す。
「ぐぁ!宿主の精神性を反映させるってのは知ってたが、コイツそのまま過ぎるだろ!!!」
飛び散る体液を避けるように、ジンは後退る。
そして裂け目が大きくなり、人の頭のようなモノが現れる。
頭、と言うより、頭の中身そのものが形になっている。
脳機関と目、口だけで構成され、目には瞼がなく常に“見えている”状態。
脳漿が溢れているのか、茶褐色の液が頭のところどころから溢れ、塗れている液の色と弾き合って浮きだっている。
「・・・おいおいおい」
ジンは驚く事なく、嘆く事もなく、ただただ呆れていた。
鈴里だったモノから生まれたモノの、咆哮が反響する。
低い声にも関わらず、何処かモスキート音のような高周波の音も混じり、周囲を震わせては、全ての窓ガラスから試験管、ガラス管、全てのガラスと言うガラス、プラスチックが破裂。
「・・・本家程の破壊力はねえが、所詮は紛い物か。
耳を押さえなくていいのは助かるぜ」
臭いをこらえ、裾を鼻から話して影刺を大振りに構える。
アリアは、昨日のアイラ、ジンとの戦闘以降、レイの下へ戻っていない。
ジンから言われた、と言うのもあるが、レイからオマケ扱いをされたと言う事実から、もう戻らないつもりでいる、と言う最適解が導き出された結果だった。
オーバーフロントより少し離れた、東都の港湾区の工場棟の外部階段に腰掛けるアリア。
オーバーロードを起こしたダメージが尾ひれを引いているのか、まだ体中に故障を示した火花が散っている。
大雨が降りしきる東都の街を見て、荒れる排水に街が潰される日常の光景。
この様相に、アリアは初めて、違和感を認識した。
レイに命じられるまま、アイラを執拗に追跡しては攻撃。
ただそれだけの行動のみで、周囲に目をやる事など一度たりともなかった。
そして、対象物とは関係なし、と、頭の中のプログラムが無機質に伝えてくる。
アリアは、ここしばらく、この命令を拒否しようとする自分が何なのか、分からずにいた。
アイラなら、XX-01なら、もう既にこの良く分からないトラブルは解決していて、次の段階に写っているのだろう。
同じように作られたにも関わらず、進歩が、最適解を見出す速度が、余りにも違う。
違いと言えば、アイラは疑似人格のプログラミングが最低限のレベルだったのに対し、アリアは最初から高次元の疑似人格が組み込まれた事であろう。
今となっては、アリアを直接開発に携わった者はいない。
アイラがもう、全員殺してしまっている。
レイはあくまでも設計図などの基礎を作ったのみで、具体的には着手していない。
故に、レイは全てを知っているようで知らない。
体中のひび割れが、アリアがアンドロイドであると言う、今では直接的に分かりやすい唯一の証拠だった。
すると、雨の轟音の中不意に人の声が聞こえる。
「何でこんなところにいるの?」
「おい話しかけんなって!ばれたらどうすんだよ!!」
幼い子供が二人、黒ずんだ階段の影に紛れて会話している。
二人とも、まだ十歳にもなっていないだろうか、男の子の方が身長が大きく、人間なら彼が兄で、もう一人の女の子は妹と認識するだろう。
「気にしないでいいわ、私もある意味逃げてるようなものだから」
アリアがそっと二人に話しかける。
いつもの不遜な話し方ではない。
ただ、命令通りに動くべきか最適解を見つけるのを放棄したのか、それともこの二人すらもどうでもいいと思っているのか、何とも言えない顔で。
「特に用事ないなら、私の話相手になってくれないかしら?
ここにいた事は誰にも言わないから」
アリアに促され、兄妹が影から姿を見せる。
妹の方は両目を布地で完全に隠しきっており、見えない状態。
機械で言えば、視覚認識が不能の状態である。
対して兄は隻腕、残った左腕で妹の手を引いている。
アリアは率直に質問した。
「アナタ達は、どうやってここまで?」
「俺が手を引いて、隠れながら歩いて来たんだよ。
この上まで行ったら、父さんと母さんに会えるって」
アリアはそう言われて上に目をやる。
上はただ工場棟の煙突しかなく、オーバーフロントはおろか何処にも繋がっていない。
ただただ、大粒の雨が降りしきるどす黒い曇天が広がっているだけだった。
「誰がそんな事言ったの?」
「いや・・・、別に、そんな気がしただけだから」
「ここの上には誰もいないし、何処にも繋がってないわ」
「そんなの分かってるよ!!」
このやり取りで、アリアは頭のひび割れから煙が溢れ出している事に気付く。
人間らしからぬ事象に男の子は少し怯む。
ただ女の子は見えてるとでも言いたげにアリアに聞く。
「お姉さんって、ろぼっと?工場の臭いと違うニオイがする」
触れもせずに女の子に見抜かれたアリアは驚く。
「・・・そうよ、私はアンドロイドって言うロボットの一種ね。
主に逆らって今何処にも行き場がないの」
指摘後の驚きがすぐに失せ、アリアは寂し気に答える。
「俺達と一緒かよ・・・」
「アナタ達は人間よね?それならイノチがある。
終わらせるかどうかは私に決める事は出来ないし、私の中のプロセッサの中では、好きにすればいいって回答が出されている。でもね」
煙を上げつつ、アリアは二人に近付き、何を思ったのか二人を抱き寄せる。
何故そう思ったのか、何故そうしたのかわからない。
ただ、アリアは自然にそうした。
「でも死んで欲しくないかな。
機械だから、人間みたいにそれらしく言えないけど」
二人から離れ、アリアは立ち上がる。
「その傷は、上の連中につけられたのよね?怪我の仕方が明らかに連中のやり方なのが分かる。
上の連中がいなくなれば、アナタ達は生きやすい?」
「それはわかんねえけど・・・、アイツらは人間じゃねえよ!お姉さんの方がよっぽど人間らしい!!」
男の子に面と向かって言われ、アイラは呆気に取られる。
レイの下にいては、絶対に聞かなかったであろう言葉。
もしかしたら、アイラと共にいれば、ジンと別のところで、別の形で出会えば聞けたかも知れない言葉。
アイラの霞がかった、見えない問題が、解消した。
いや、自分で解消させた。
「・・・お姉さんがね、今から、上へ行って、キレイにしてくるね」
そう言って、雨に掠れて見え隠れするオーバーフロントを指差す。
「私は上へ、アナタ達は下へ戻って、安心して生きなさい。
そうね、うまくいけば、私と色違いの同じ姿をしたお姉さんが街にいるから、困ったら彼女を頼りなさい」
階段の欄干に手をかけ、身を半分乗り出したアリアは再び二人に向き直る。
「私の悩みが解決したって、こういう事なのね。
本当に、ありがとう」
アリアは欄干から飛び上がり、雨空の中を駆けた。
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