第1話 黒いヒトガタ -goddess of rebirth-
研究室と思しき無機質な施設の中では、慌ただしく白衣を来たインテリ然とした男達が雑然と駆け巡っている。
誰がどう見ても、緊急事態と言うべくの緊迫した状況なのは素人目でもわかる。
誰一人として、余裕の笑顔をかもしている者はいない。
室内にある様々なコンピュータは、赤く発光しては緊急事態のアラートを表示している。
凄まじいまでの赤の残光。
それに照らされる男達の顔は、焦りを深く刻み付けている。
その元凶となるものは、どうにもわからないようで、誰もが焦りに不安の色を混ぜ始めた。
研究員達がコンピュータの画面に張り付いているところ、その外の廊下では、ひとつの影が動いていた。
その影は、人の形をしてはいるが、灯に照らされてもまるで姿がわからない程、とにかく黒い。
ただ人のシルエットをした、マネキンのような黒い塊だった。
それは見た目に反して、動き方のそれはとにかく人と何ら変わらないなめらかで自然な動きで歩いている。
見た目がただ真っ黒、と言うだけでその自然な動作に多大な違和感を与えている。
それは、赤いアラートがけたたましく光る部屋に、堂々と入り込んだ。
それが入って来ても、研究員達は誰一人としてそれに気付かない。
それは、彼らの背後で静かに、右手を掲げて、指先の形をした先端に光を宿した。
屋上から入り込んだ紅目の男は、灯が点滅する廊下を、警戒しながら歩いていた。
彼が入り込んだ時点で、どこもかしこも灯が点滅したり、果ては灯が全て消えて中の様子が確認出来ない程暗く、非常事態が起きた事は明白だった。
男はハンドガンを下向きに構え、なるべく足音を鳴らさず摺り足で廊下を歩み寄る。
そうさせるのにも十分な理由があった。
確認出来た部屋には、その場にいたであろう研究員達が全員死んでいたからだ。
誰もが何かに体や頭を貫かれて、出血多量で死亡しているのが見て取れる。
更に流血の状態から、貫かれて然程時間は経過していない。
つまり、この所業を行った犯人はまだ施設内にいる可能性があった。
男はいくつか部屋を確認し、時間をかけながらも地道に階下へ向かう。
階段でも、研究員の死体が二、三体は転がっていた。
ここまで数えておおよそ五十。殺し方から察するに、犯人は施設内の人間を皆殺しにするつもりで動いているようだった。
そして知らぬ間に窓のない階に差し掛かっていた。
知らぬ間に地下階にまで辿り着いていたようだ。
男は警戒を解かず、地下二階を巡り始める。
手始めに見た部屋で、男はそれを見た。
それは無造作に研究員の腹に手を突き刺していたが、ただそのまま佇んでいた。
刺された研究員は、刺された箇所が急所だったのか、即死しているようだ。
それの佇まいに、男は不意に安堵した。
街の空気で感じたそれは、これだった。
「てめぇ、人じゃねえな」
男は静かに、どこか期待するようにそれに尋ねた。
それは、手を死体に刺したまま、まるで何の反応もしない。
しかし、男は構わず続けた。
「お前、何なんだ・・・?」
この質問に、それは初めて違う動きを見せた。
死体から手を抜き、それはゆっくりと、体の角度を変えた。
死体は乱雑に離され、無造作にその場で崩れ落ちた。
これが本当の人間なら、正面を向けた、と捉えても良かったのかもしれなかったが、まるで無個性な見た目で本当に正面を向いているのか疑問ではあった。
そして、それは声を発した。
「・・・ワタシハ、種。
何モ、特徴ガナイ。
私、何ナノカ。
アナタハ、知ッテイルノデスカ。教エテ下サイ。
何モ知ラナイ。何モワカラナイ。
名前シカ、分カラナイノデス。
私ノ事、コレカラノ私、教エテクレマセンカ?」
矢継ぎ早に、しかしゆっくりと滑らかに、それは答えた。
声は機械然としている以外は何も特徴のない、無機質な音声ではあったが、男は、どう捉え切ったのか、それを人間で例えると、“女性”である事を察した。
「何にもわかんねぇか。そうか。
とりあえずここから出るぞ。
そんなしょうもない事をしてもお前が何なのかなんてわかりっこねえよ」
男はそうやってそれに対して窘め、それの手先を一瞥した。
それの手先から血は垂れ流し続けている。
「ワカリマシタ。
アナタニ着イテ行キマス」
それは無機質に答えた。
「アナタヲ、何ト呼ベバ良ロシイデショウカ?」
それの問いに、男は少し迷った表情を見せたが、詰まりつつ答えた。
「・・・名乗る名前なんてもうねえが、昔呼ばれてた名前でもいっか。
俺はガイと呼ばれていた。
どうせ名乗る事もなくなるから」
男、ガイは喜びつつも、少し困った表情をした。
察したのか、それはすぐに更に質問した。
「がいサン、アナタハ私ニシテ欲シイ事ガアルノデショウカ?」
先程まで殺戮を憮然と行っていた者とは思えない発言だった。
これにガイは少し、どういうわけか少し嘲笑気味に答えた。
「・・・俺はな、長く生き過ぎたんだ。
この世にも飽きたし、それまでに腐った人間を見過ぎた。
生きるのに飽きた。だから、然るべき時が来たら、お前の手で俺を殺してくれ」
少し間を置き、ガイはそれに、聞き返した。
「お前の、一番の望みは何だ?」
少し沈黙が続き、それは、彼女は答えた。
「・・・人間ニ、私ハナリタイ」
人間になりたい彼女と、人間としての生を終わらせたい彼の、初めての出逢いだった。
そして、初めて言葉を交わした直後の音楽として、けたたましいサイレンが鳴り始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます