第33話 凱歌になれず -Not a triumphant song-

「調整失敗は流石に頂けないわね。

 あの下僕以下の男は捨て置いて、アナタをどうしようかしらね」


 レイとアリアが向き合う。

 アリアの顔にひび割れが走り、目は閉じられ動く気配がない。

 立っているまま、体中に管が貼り付けられ、静かにしている。


「下手糞な調整を受けてそのままの通りの状態になる。

 アナタも所詮はオマケだったようね」


 レイの独り言が冷たく響く中、アリアの目がうっすらと響く。

 眠そうに見えて、鋭さしか見せない、不穏な表情をしている。


「あら、気に障ったかしら?」


 レイの挑発が飛び交う。

 アリアの目が薄開きのまま、ますます吊り上がる。


「・・・アタクシがオマケですって?」

 

「ええ、何もかも思い通りにならないのなら全ていらないもの。

 他人に壊されたアナタはそれ以下、オマケね」


「勝手に呼び出して、作り上げて、良いように使って。

 その上でオマケって随分な言い様ね!」


「そう、それよ。余りにも人間らしくなり過ぎてしまって。

 有り余る感情を出し過ぎなのは呆れるのを通り超えて無様ね」

 

「人間のお前に!!言ワレタクナイ!!!」


 睨めつけたアリアの目が大開きになる。

 黒い眼球に赤の虹彩が光る三白眼。

 

「無様な物は無様に壊れなさい。

 せめて最後の最後は、私の役に立ちなさい。

 そうね、敢えて言うなら」


 見下すレイの視線。

 誰に対しても変わらない、不遜な、道端を這いずり回る害虫を見るような目。

 

「XX-01とCODENAME:GUYなら、何か教えてくれるかも知れないわ。

 それと、どういうわけかアナタが慕っている、サイボーグ・ジンも、ね」

 



 

 

 彼の者は 凱歌になれず



 音色に包まれた二人は、オーバーフロントの直結通路口の上にいた。

 先程の癒しな余韻はまるで感じる事が出来ず、都会なのにも関わらず荒涼とした風が吹くだけ。

 荒んだ息吹が吹きつける中、巨大な無機質を二人は見上げる。


「戻って来たな。

 ただ、今回から無事に済むとは思えねえ。

 前みたいに遠くへの退避は無し、但し近場への一時撤退は頭に入れておけ」


「わかったわ」


 互いの確認し合いが飛び交う中、吹き付ける風に殺意が乗る。

 

「って、早速おいでなすった」


 アイラとガイは突如現れる白い姿を認める。

 やはりと言うか、そこにいたのはアイラの色違い。

 アリアがいた。

 しかし以前と異なっているのは、目。

 ガイの隠れ家に襲撃した時に見せたあの目であるが、何処か以前と違っている。

 初っ端からこの目、と言う事は、今回は初っ端から殺しにかかって来るであろう事は容易に想像出来る。


「随分雰囲気変えたな。まだ前の方が良かったぞ」


 少し嘲笑するようにガイは煽る。

 予想通りなのか、アリアの怒声が木霊する。


「うるさい!こんな姿にまでされて、オマケ扱いまでされた私の気持ち、わかるのか!?」


 怒声と共に、アリアの全身にスパークが発する。


「随分人間臭え事言うな、逆にCPUがバグの過負荷に耐え切れてねえのか?」


 嘲笑をやめ、ガイは憐れむ顔に変える。

 オマケ扱い。

 この言葉には、ガイは心底同情出来る理由がある。

 ジンと初めて組んだ頃、CODENAME内ではガイの方が先輩になっていたが、途中から入って来たジンの優秀さに霞んで影になっていた事があり、ひたすらに周囲から比べられて来た。

 故に、このオマケ扱いと言う言葉には昔から過敏に反応してしまう。


「アリア、アナタはオマケじゃない」


 何処までも冷静に務めるアイラが語り掛ける。


「アナタが物扱いされているなら、私だって物。

 でも私自身は物なんて思ってない。

 自分が物なのか生き物なのか、人間なのか。

 自分の事は自分で決めたらいい。

 人に決められるものじゃないよ」


「ウルサイ、ウルサァァァイ!!」


 アイラの語り掛けを拒否するアリアの拒絶が反響する。

 

「アタシは自分では考えれない。アンタみたいに自分で考えれない!

 作成者の目的そのものがアタシの存在意義!

 どうしていいかわからないから!ワカラナイカラ!!」


「ガイと一緒にいてわかった事があるの。

 人間って、結構言葉で区切りたがるクセがある。

 その人間の良し悪しに関係なく、ね。

 でもね、その区切りってメンドウじゃない?

 凛堂レイがどう言おうが、アリアはアリア。

 それでいいじゃない」


 アイラの諭しにしばらくアリアは俯き黙り込むが、暫くすると笑い出した。

 人間で言うところの、心が壊れた、と言うのが妥当であろうか。

 仰け反る様に顔を上げ、発狂者とも言うべき表情をこれでもかと見せつける。


「モウ、メンドウヨメンドウ。

 あなたノ言ウ通リメンドウヨ」


 片膝をつき、しゃがみ込んだアリアは右の掌に光球を発現し、足元に叩き付ける。

 すると、足元から節足らしきものが生え出す。

 

「私だけじゃないよ、オマケとも言われなかった、お仲間呼んじゃうからね!」


 アイラとガイを取り囲むように、周囲は大型の虫が犇めく。

 どれも大きさは最低でも一メートルは下らないだろうか、灰褐色の頑強そうな体を広げてアイラとガイに威嚇している。

 

「ウデムシ属の変異甲虫のようね。

 東都に戻って来てすぐに見た、仁科さん達とは全く違う」


 アイラは冷静に分析する。

 

「完全なクリーチャー、遠慮はいらんて事か」

 ガイは影縫を鞘から抜き、切っ先を手近な虫に向ける。


「やってやらあ!!」


 ガイの怒声と共に影縫いが一閃、一番手前の虫が両断された。

 同時に虫達がアイラとガイに一斉に飛び掛かる。

 両断した切っ先をそのまま後方に流し、ガイの真後ろに飛び掛かろうとした虫の腹部に刃が食い込み、奇声が響く。同時に跳躍したアイラがその虫を踏み台に飛び上がり、宙を舞い、手刀で四体を一閃する。

 斬られた虫の身体から毒々しい紫の体液が飛び散り、壁面に散ると煙が上がる。


「ち!コイツらの血か体液か知らんが、酸みたいだぞ、アイラ!

 気をつけろ!!」


 気付いたガイは虫達を斬り捨てつつ、刃先を目視。

 かなり毒性が強力なのか、鋼すらも切断する影縫の刃先が少し波打っていた。

 鉄を塩酸につけたような、少々の錆も認められる。


「刺してはダメ、切断し切るしかねえってか!」


 立ち回り方を変え、影縫の刃先をヌンチャクのように振り回す。

 柄を容量良く振り回すだけの事であるが、実に高等技術である。

 ガイの代名詞的な必殺技と言われた、“ベール・ソード”。

 頭上で振り回す様は、正に二十世紀での結婚式にて花嫁に被せるベールを連想させる奇抜な技。

 この時代となっては完全に忘れ去られた事象であるが、二千年経った今でも誰もが真似出来る技ではない。


 対してアイラも、虫の体液を諭されて攻撃方法を変えた。

 足首の構造を生かして、蹴りで擡げる。

 さながら鎌の要領で。

 さながら死神のように。

 魑魅魍魎を狩る。

 

「ち!湧いてばっかでキリがねえし、コイツらデカくなってねえか!?」


 ここでガイは気付く。

 虫は湯水の如く湧いているが、連続で斬り捨て続けていた為変化に気付くのに後れを取った。

 シルエットこそは変わっていないが、どこか大きくなっている。

 らしくなく、プレッシャーに気圧されているとガイは思っていたが、斬り続ける毎に刃の通りが重くなっている事に違和感を覚えたのだ。

 

「排除した虫から細胞を取り込んでいるわ。

 この能力の影響でアリアも変異してるみたいよ」


 変わらず冷静に務めるアイラ。

 そして言葉を交わしつつ、鎌の舞を止めない。

 アイラに言われ、ガイはアリアの身体を目視する。

 大きな変化は認められないものの、人間らしかったアリアのオーラが感じられない。

 元から人間ではないが、人の形をした化け物、と言った具合が正しいのか。

 

「ち!メチャクチャなヤツらだな!」


 再びガイは刃を振るうが、このままでは劣勢になると自覚し始めた。

 すると、最前より少し後ろの虫達が、突然体液を吹き出す。

 吹き出し方が、鋭利な何かで漏れ出たかのような下劣さ。

 ガイは手を止めた。

 この斬り口には見覚えがあった。

 

「な、なんで?」


 アリアの茫然とした声が、喧噪の中通る。

 虫が大量に犇めく中、アイラとガイの眼前、アリアとの間に、影刺の姿がった。

 ジンであった。

  

「俺はお前を止めに来た」


 影刺を横に構え、アリアを見据えるジン。

 目は何処か儚げ、物憂げにも見える。

 

「アイラの望みを叶えるのはガイ、そしてお前の望みを叶えるのは、俺だ」


「裏切ったの!?」


 アリアの怒声が響く。

 ただ、何処かに絶望感が込められている。

 シンプルではあるが故の、本当に分かりやすい問いかけ。

 

「そう捉えられたままお前の望みを叶えると後悔しそうだな」


 ばつが悪そうにジンは失笑する。

 

「何で・・・、何で!?

 アイラのオマケで造られて、駒扱いされて!

 アンタだけは同じ立場だったからずっといられると思ってた!

 裏切者・・・、裏切り者ぉ!」


 ずっと立ち構えて様子見をしていたアリアが乱暴に、ジンに飛び掛かる。

 

「く!」


 アリアの、禍々しい黒いオーラを纏った、獣のように構えた両手を、影刺で防ぐジン。

 瞬間、閃光が走り、虫達が飛ばされ、アイラとガイは受けの体勢を取る。

 閃光が落ち着くと、アリアとジンのさし合いが始まる。

 アリアの引っ掻きを交わし、回避出来ない手は峰打ちで止める。

 ジンは終始防御に回っている。

 アリア自身、必要以上に容赦なく引っ掻き、全て躱されるも直ぐに体勢を正しては再び攻める。

 そしてアイラの左手がジンの左脇腹を抉るように掴む。

 ジンは流石に苦悶し、影刺の振りを止めてしまう。

 アリアは雑にジンの身体を持ち上げ、振り落とす。

 気付けば地上で戦っていたのが、攻めつつ移動していたのか、オーバーフロントの上空開口部まで上がっており、相当な高さにまでなっている。

 上空おおよそ百メートル程。

 小さい粒となった街の光の中に、ジンの姿が落下し、消えて行った。

 

「ジーーン!!」


 ガイの声が無常に響く。

 それ以上の無常な声が通って来る。


「モウイラナイ」

 

 アリアの攻撃的な顔が、無表情になる。

 ジンからダメージは一切受けていなかったにも関わらず、システムがオーバーロードを起こして不調を来しているのか、再び体中に亀裂が走り、亀裂から赤い調整液が溢れ、凶暴な目からもその調整液が溢れている。

 さながら、血の涙を流している。


「ちっ!暴走始めやがったか?」


 虫達はいなくなったが、ガイは再び影縫を構える。

 今度は両手で携え、溜めの構えを取る。

 ガイの隣にアイラは降り立ち、両手を前に掲げる。

 

「モウナニモイラナイ・・・」


 アリアは無機質に、無感情に呟く。


「全テ消ス!!!

 あんたガ生マレタカラ私ハ生マレタ。

 あんたガイルカラ私ハ生マレタ。

 あんたタチヲ消セバ、私ハ楽ニナル」


 アリアの身体から黒いオーラが爆ぜ、常に纏っていた紫のスパークに黒い靄が混ざる。

 刹那、ガイの瞬き一瞬でアリアに距離を詰められる。

 アリアの引っ掻きの手がアイラにぶつけられようとしてた。


「しまっ・・・っ」


 スローモーションで見えていたが、ガイは咄嗟に二人の間に割って入る。

 アリアの引っ掻きの一振りに閃光が走り、轟音と共にアイラは弾き飛ばされる。

 アイラは何とか宙で体勢を整え、転落しそうになるものの何とか出っ張りを掴んで再び跳躍、元と場所に戻るが、その場には無表情に佇むアリアと、糸が切れた人形のように倒れているガイがいた。

  

「ガイっ!!」


 アイラは駆け寄り、ガイを抱き起すが、ガイの身体に全く抵抗感がない。


「へっ、庇うたあ、俺にもヤキが回ってきたな・・・」


 ガイにも全身にひび割れが現れていた。

 アリアとは違い、きめ細やかな、爬虫類の鱗模様に全身を纏っている。

 喋るのが辛うじてのようで、それ以外に動くような動作が全く見られない。


「何デ、庇ウ?

 あいらモ私モ物。ナノニ何デ?」


 アリアが無表情のまま、問いかける。

 ガイの取った行動が心底理解出来なかったようで、攻撃するのも忘れてずっと二人を不思議そうに見下ろしている。


「ガイは私を大事にしてくれた、それだけよ」


 俯いたアイラの身体から黒い煙が迸る。

 ゆっくりとガイを寝かせ下ろし、ゆらっと立ち上がる。

 全身の白い肌が黒く染まり、紫の虹彩を放つ漆黒の瞳がアリアを重く見据える。

 

「ガイを壊したから、お前は、敵だね」


 アリア以上に無表情に、冷酷さすら垣間見える、絶対零度の視線をアイラは向けた。

 更に理解出来ない事象と認めたのか、アリアは無表情から何処か怯えに変わり、小刻みに震えだす。

 そしてまた同じ事が。

 アイラとアリアの間に、ジンが再び割って入る。

 やはり地上まで転落したのか、全身が打ち身や血だらけながらも、急いで上まで戻って来たようだ。

 

「アイラ!ガイを担いで一旦退け!

 まだ生きてるぞ!

 CODENAMEになったヤツの身体が自己修復しないのは非常に危険だ!

 後で俺も追うからガイを避難させろ!!」


 アリアを見据えたまま、ジンは怒鳴る。

 

「・・・わかった」


 アイラはガイをゆっくりと抱き上げ、背を向けるが、獣然と構えるアリアを後目に、アイラは冷徹に吐き捨てる。

 

「待っていろ、次こそは屠る」


 漆黒に染まり切った女神に、本来の優しさがまるで感じられない、冷酷さが滲み出ていた。

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