第9話 ガイの記憶の街 -City in Guy's memory-

 結局アイス自体を飲み込む機能はないようで、アイラの素体内のシステムにはただの不純物扱いとされたのか、アイラが「体内に入ったものを廃棄したいデす」とガイに告げたところ、ガイはその場で”排泄”をすると捉えてトイレに案内するも、トイレ自体ももちろん理解しておらず、並びたてられた多目的トイレのみがある専用施設に入り込んだ。


 しかし、ここでもガイは苦戦する事になる。


 アイラ自身の素体が全ての意味で人間と同じなのか多々不明瞭なところがあり、そもそもアイラの言う”廃棄”がどのように行われるのかがまるで見当がつかなかった。


 トイレ内に入り、ガイがアイラに”廃棄の方法”を問うと、アイラは足と足の間から排出されると答えた。


 やはりその場で同室したのはある意味正解だったようだが、更にガイは苦悩する。


 いくらロボットであるとは言え、どこからどう見てもうら若い乙女である。


 まるで堂々と用を足しているのを観察させれられている気分になる。


 ガイは便器に座って済ませると伝えると、案の定、アイラは下半身の着衣を降ろさずにそのまま座り込んだ為、これにもガイは辟易した。


 目を逸らして「ちゃんと下の履物を降ろせ」とぶっきらぼうに伝えるが、アイラは素直に「ちゃんと見てもらわないと出来てるかどうかわかりません」とガイにぶつける。




「・・・今回だけできっちり覚えろ、次は一人で必ずしろよ」








 ”ちょっとドジな初食事”と”トイレ事情”を終えたアイラはガイに再び連れられて、様々な場所を巡った。


 ガイにとって困った事は先程のトイレでの一件ぐらいで、これで変に慣れてしまったのか、アイラが色んな物をまじまじと見つめても特に咎めなくなった。


 変に止めるよりも、気の済むまで観察させる方が良いと逆に踏んでの事だった。


 そして夕闇に染まり始めた街が一望出来る、ビル上の展望台に二人はいた。


 やはりアイラはその光景に正に”目を奪われて”いた。




「今日はこんなところだな」




 アイラの背後でガイはタバコに火をつけて吹かし始める。




「ここは熱源のあるものを出すのは禁止ジャないんデすか?」




 アイラは風景に目を向けたまま、ガイの行動を指摘した。




「んな固い事言うなよ。散々お前のよくわからん行動に付き合ったんだ。


 せめて一本ぐらい吸わせろよ」




 トイレの事情をよく理解していなかったのにタバコに注意されるとは思わず、ガイは失笑しながら答える。




「余り良い熱源じゃないヨウでスね。植物が辛ソウでス」




 アイラのこの言葉に何が引っかかったのか、ガイはタバコをもうひと吸いしようとした手を口の手前で止めた。


 そして驚きの表情。




「どうしタのでスか?」




 ガイから返答がないのでアイラは外の眺めから目を外し、ガイに向き直る。


 夕日の逆光に浮いた”彼女”の姿が、ガイにとっては眩しく感じ、どこか懐かしくも感じていた。




「いや・・・、な」




 ガイは何かを思い出しているようだ。そして、タバコがまだ吸い切れていないのに携帯灰皿に火種を押し当てて消し、中に入れ込む。




「昔を思い出してな。お前と似たような事を言ったヤツがいたんだよ」




 携帯灰皿を胸ポケットに仕舞ったガイはアイラの隣に移り、屋上端の柵に両肘をついてもたれかかる。


 ガイも眼前に広がる光景に入り込んだ。




「人間としちゃ長生きし過ぎた事についてはまだ話してなかったな。


 ・・・俺は普通の人間の感覚で言うなら、もう二千年前には死んでいる人間だ。


 長い事生きて来たが、二千年前と同じ事が目の前で起きるってのも俺にとっちゃ冥途の土産には最高じゃねえか」




 ガイ自身も何でこんな事を喋っているのか理解出来ていなかったが、何故か素直に口から出て来た。自分が死ぬ前に、このアイラに殺してもらう前に、どこか知ってもらいたかった感情がどこかにあったのだろうか。




「・・・人の寿命は平均百年前後、大体が八十年程とデータにあリますガ、今あなたが話シタ事だとガイさんは二千年も生きたヨウですね。


 どうしてそんナニ長く生きラれたんでスか?」




 アイラからの質問。この質問自体は、ガイにとってはこの二千年、散々ぶつけられてきた質問でもあった。当然ガイ自身が二千年も生きている事を知っているのはほんのごく一部の人間であり、大半は噂でしか聞かされた事のない人間ばかりであった。


 質問される度に面倒に思ったガイはこれに関しては一切答えないスタンスを取り続けて来たが、今日この日、この時間、この場で、質問してきた相手に何の不快感も湧かなかった。




「大昔のとある組織と、関連企業によって俺はこんな体にされたんだよ。


 俺以外にも同じようなヤツが何人もいたし、同種の人間で相棒と呼べるヤツが二人いたよ。一人はすぐに死んでしまったが、もう一人は俺と同じように長生きしたんだが千年前の大戦で死んだと言う話を聞いたよ。


 だからあの頃の俺を知ってるヤツはもうこの世界には存在しない。


 ・・・孤独でいすぎたんだよ、それに」




 夕日から視線を外し、ガイは柵にもたれたままアイラに向く。アイラはしっかり話を聞いていたのか、相変わらずの無表情でガイをしっかり正視している。




「俺自身、死なない体なんだよ。どんなに傷を負っても、死にかける目にあっても、すぐに回復しちまう。体が半分吹き飛ばされてなくなった事があるんだが、その時は半年もすれば完全に回復しちまったよ。


 あの時は暴れまわる事が生きがいだったから特に考えてなかったけどよ、今はただただ生きる為に暴れてるだけよ」




 ガイの顔に染み付いた、赤味がかったクマが夕日で褐色染みて見える。




「そんな中で、ここだけが大昔を思い出せる場所なんだよな。


 俺の唯一の安らげる場所と言うか、な。二千年前もこんな風景だった。


 あの時は生き残るのに必死だったから気にもしてなかったんだが、今じゃたった一つの拠り所だな」




「・・・ただ生きるだけ、ジャなくてもイイんじゃないですか?」




 不意なアイラの言葉に、ガイは目を見開いた。




「私も、恒久的なメンテナンスさえ可能であれば半永久的に活動可能です。


 私の素体の製造シリーズは耐久年数に千年は保持可能、と私自身のプロセッサに記録されています。ガイさんが可能であれば、私のメンテナンスを継続して頂ければ、ガイさんの側にはずっと居続けられる事が可能です。


 孤独、と言う状況にどう対応出来るかどうかはわかりませんが」




 淡々とした、相変わらず機械然とした物言いではあったが、ガイにとって、このアイラの言葉は今までで一番胸に染みた。


 むしろ、人間の方がより冷淡で無機質になって来ているのかも知れない。


 いくらプログラミングされている人工知能の模造人格とは言え、これ以上に有難みのある言葉を投げてくれる機械人形が他にいるだろうか。




「・・・はは!」




 ガイは表情筋を緩めて不意に笑った。




「殺しを頼んだヤツに諭されるとわな。おもしれえ。


 ・・・何だか面白くなって来たから当面お前に合わせるよ」

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