第10話 夜の帳 -Veil of darkness-
展望台を降りたアイラとガイは夕闇の街を歩いている。ガイは一度家に帰るぞと提案するが、アイラは拒否した。
「もう少し外見タいデす」
ある程度態度を軟化させたガイは、アイラに合わせることにした。
そして日が沈み、空が夕闇で黒くなり始めた時、街が一斉に照明を灯す。
街路の灯が徐々に強くなり、昼の無機質な建造物群に彩りが加えられる。
この変わりゆく様に、アイラは目を奪われた。
原色から二次色の様々な彩りが瞬き、アイラ自身の中のプロセッサでもこういう情報は入力されていなかったのか、処理が追い付いていないようではある。
しかし、ガイの目からでも、アイラの様子は今目の前にある光景に初めて見て感動した年頃の少女のようにしか見えず、強いて言えば、どこか微笑ましい光景とも言えた。
二千年生きたガイにとっては、この空気はどれ程ぶりであろうか。
遠い昔になり過ぎて詳しくは思い出せない程にまで忘れかけてしまったが、懐かしも感じれた。
次はまた明日行くと言う話になり、アイラとガイは商店街の隠れ家に戻った。
相変わらずここの住人達は家族のように出迎えてくれる。アイラ自身は機械であるから家族の概念はないが、どうやら居心地が良いと感じてはいるようで、不器用な答え方ではあったが住人との会話も出来るようになっていた。
ここで、住人のリーダー格である仁科から提案を受けた。
「ちょいとここの連中で集まって、一階の倉庫片づけて広間にしたから、そこで飯食おうぜ」
会食の提案だったようだ。
今までのガイなら即答で断るところだったが、やはり今回は違った。
アイラの反応が完全に興味を示していた。
「興味、アります」
無表情ながら、どこかしら目が輝いているようにも見て取れた。
この表情には、やはりガイは弱くなる。
ガイは申し出を受けた。
その倉庫だったと言う広間には、ほぼ全住人が集まっていた。
かつては倉庫だったとは言え、広さは軽くこのアパートの一階の総面積の半分はあり、三十人程入って来てもまだ余裕があった。
広間自体に窓はなく、路面に面しているとは言え外からは見えない。ガイは追跡を心配していた事もあり広間、と言われて難色を示していたが、広間自体は隠密性が高いようでこれにある程度は安心したようではあった。
アイラ自身、住人達にはアンドロイドではあるとは知られてはいたが、それでも住人達は特に気にしてはいないようで、むしろ「これだけむさ苦しいところにこんな華がある子が来てくれてよかったよ」と、老若男女問わず言われていた。
更にどういうわけか子供達にも懐かれている。
僅か数日でこれだけ懐かれるのは、どこかアイラに対して母性を感じているところもあるのだろうか。ここはガイも不思議に思っていた。
「兄ちゃん、随分前に比べて馴染んだなあ」
先程この会食に誘った仁科がガイに寄って来た。両手にそれぞれ、鍋の取り分け皿と酒瓶を持っている。そこそこに飲んでいるのだろうか、元々赤らめた顔が更に赤くなっている。
「・・・そうか?もともとそんなに人とつるむのが好きではないんでな」
「いや、お前最初ここに来た時に比べて随分顔つきが柔らかくなったって!
今までなんて取っつきにくいどころか顔合わせただけで殺されるなんて言ってたやつもいたが、僅か数日でこうなっちゃってんだもんよ、皆驚いてるよ。
やっぱあの姉ちゃんのおかげじゃね?」
仁科に言われて、ガイは無言でアイラに目をやる。
アイラは取り分け皿から何かの具材を箸で掴んで食べてみようとするが、箸の持ち手がどうにもぎこちなく、箸の先から滑り落ちてはまた挟んでを繰り返している。
周りにいる子供達はアイラに「お姉ちゃん!お箸はこう持つんだよ!」と嬉々として教えている。
その光景を見てガイは仁科に対してこう返した。
「そうだと思いたいわな。またこんな気になれるとか夢にも思わなかった」
どこか懐かしむ目になったガイを見て、仁科は少し顔が真顔になった。
「お前、あの姉ちゃんに何か感じたんか?」
「ああ、あいつは随分昔に死んだあるヤツに余りにもそっくりでな。ほとんど生き写しって思えるぐらいだ。あそこまで人間として不器用ではなかったがな」
「・・・お前、妹でもいたのか?」
続けた仁科の質問に、ガイは目線を仁科に向けた。
「・・・いや、婚約者だった。西暦1945年に死んでしまったが、死に目に立ち会えなかった」
「は?1945年?今4021年だぞ。冗談はやめてくれよ」
ここでガイは大きな声を出すなと言うように人差し指を口の前で立てる。
「俺自身は1924年、この東都がモデルになってる日本と言う国の生まれだ。
俺自身は2097歳。現在の年齢がハッキリしている俺が生きた証だ」
ガイの言う言葉それぞれに妙に重い情報量があったのか、仁科の顔は赤いまま、どこか血の気が引いた顔になった。
「・・・お前、それ本当の話か?」
「言うだけなら当然信用されない。そもそも俺自身は人間のようで人間じゃない。
不老の体になっていて、老いる事もないし、致命傷でなければ少々の傷はすぐに回復する。今ここで実演してやろうか?」
「いや、それはいいよいいよ」
仁科は取り皿と酒瓶を持ったまま首を横に振る。
「・・・まあそんなもんで、長生きし過ぎたロクな人生じゃなかったからな。
実を言うと、俺はアイツに俺を殺してくれと頼んだ」
このガイの一言に仁科は流石に驚き、持っていた酒瓶と取り皿を落としてしまう。
酒瓶と取り皿は割れ、具材と酒が床に散らばる。
慌てて回りが片づけの手伝いに入り、すぐに終わったが、仁科は新しい取り皿と酒瓶を持ってもまだ驚いたままだった。幸い周囲は騒がしい状態だったので、周りはガイの爆弾発言には気付いていないようだった。
「お前、あの姉ちゃんにそんなお願いしたんかよ」
「ああ、でもアイツに諭されたような事言われてな。
自分自身のメンテナンスに協力してくれたら、俺の孤独を埋めれるみたいな事を言ったわけだよ」
「・・・姉ちゃんいいヤツじゃねえか」
酒瓶をグイっと一気に飲み干す仁科。どこか涙目ではあるが、誤魔化す為に一気に飲んだのだろう。少し酒が体に回って来たのか、息が少し引きつっている。
「アンタの孤独ってのはここにいる誰よりも凄まじいモンだとは思うが、あの姉ちゃんはアンタが唯一の拠り所になってると思うよ。機械だから拠り所の意味自体はまだ理解してねえとは思うが。
姉ちゃんを一人にしてやるなよ」
仁科の言葉を最後まで聞いてはいたが、ガイは答えなかった。
多分、仁科に言われた事は既に、ガイ自身が考えていた事と同じだったからだろう。
ガイは手近にあった未開封の酒瓶を取り、何百年も口にしなかった俗物の液体を不死身の体に流し込んだ。
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