第11話 アリア -A.R.I.A. Birth-

 オーバーフロントから脱出しておおよそ二か月が経過していた。

 ガイは時折、単独で外出はしてみるものの追跡の手と遭遇する事なく、異様に静かな時間を過ごしていた。

 アイラには、一人で出掛けるのは流石に不味いと言い、アパートに留まる様言いつけているので特に問題はなさそうではあるが、ガイは言いしれれぬ不安感を持っていた。

 凛堂レイと呼ばれる男は、東都を代表する科学博士号を取得した、天才と言われる工学者である。

 しかし、実際なところは黒い噂が絶えない存在でもあった。

 このところ、東都では行方不明事件がある程度ではあるが発生しており、その原因が凛堂レイであると言う噂が実しやかに東都中を飛び交っている。

 己が実験の為に、拉致した人間を実験に使用している、との事である。指名手配されている犯罪者も見かけなくなったのはこの凛堂レイが関わっていると言われている始末である。

 だが、実際行方不明になっている人間は、ホームレスやニートなどコミュニティから外れた者達や、服役中の囚人だったりと特に気にも留められないような人間ばかりであり、東都の人間達は特に気にも留めていないのである。

 工学者としては非常に優秀なのは事実のようで、街に溢れている作業用アンドロイドや警備兵ロボットなどの生活に馴染んだ機械群の基は全て凛堂レイが造り出した物でもあり、東都のみならずインフラが密集した大都会では欠かせない存在にもなっている。

 それに、優秀な警備兵ロボットの量産体制を確立させているだけあり、世界中の治安権も一部握っているのもこれまた事実であり、凛堂レイが生産に関わった警備兵ロボットや戦闘用アンドロイドには必ず施されたRIC(リンドウ・インテリジェンス・コーポレーション)のロゴは、皆表向きには口には出さないが畏怖している。

 言うなれば、どこでいつ見られてもおかしくはない状況でもあった。

 ガイは、隠れ家のアパートから外へ一歩出る時点からいつも警戒している。

 全ての機械兵が敵と言う認識のもと、ガイは行動していた。

 以前アイラが希望した街中への外出も、ガイ自身は周りに悟られぬよう機械兵の視認範囲外をなるべく行動していた。

 最近のガイの通常の外出と言えば、専ら買い出しと言う名の索敵であった。

 商店街で近隣の店の人間と何気ない会話をしながらも、周囲の索敵を怠らない。

 おおよそ二千年かけて培ってきた戦術であり、ガイにとっては何と言う事はないが、常に油断せず警戒を怠らなかった。

 アパートに帰宅すると、アイラは微動だにせず部屋で座って待っていた。

 無表情で出迎える様には流石にガイも慣れ始めていたが、それでも表情だけは如何ともし難いものがあり、ガイは帰宅の度にアイラに要望する。


「・・・その無表情のままで待ってるのだけは何とかならんのか?」


 ただ一言だけぼやく。

 以前よりは言葉の発音も随分良くなり、表情も幾分か自然になったものの、一人になると改めてロボットであると自覚出来る程に“機械”に戻る。

 仕方ない事とは言え、この帰宅のタイミングだけがガイにとっては何とも言えない困り事ではあった。


「いえ、今日は部屋から出なかったので特に表情を取る必要はないかと思いまして」


 滑らかなトーンで返すアイラ。同時に表情が軽い“笑顔モード”になる。


「まあ、変な目にあってないならいいんだけどよ。

 ・・・そう言えばこの二か月、まるでヤツらの追跡の気配がないんだが、どう思う?」


 ガイの質問に、アイラはすぐに笑顔モードを解除し、憮然とした真顔になる。


「具体的にはわかりませんが、何かしら確実な方法で準備はしているだろうとは思われます。開発者の凛堂レイ博士は、人間性を解析すると“非常に狡猾”に該当する人間になりますので、ただ手を拱いているわけではないと思われます」


「ん?リンドウ?

 ソイツの名前、正確にはどう書く?」


「凛々しいの“凛”、過去存在したお寺のお堂の字に使われる“堂”、と東都共通文字で書かれます。名前がどうかされたのですか?」


 アイラの返答、問いにガイは少し、何とも言えない表情になる。

 凛堂、これに反応したガイは随分困った顔に変わった。


「凛堂・・・、俺が昔、一番最初に名乗っていた名前と同じなんだよ。

 凛堂って苗字自体が当時稀少だったのに、二千年経った今その名前を聞くとはな。

 おそらくだが・・・、ソイツの顔はわかるか?」


「はい、映像投影も可能です」


 そう言ってアイラは目の瞳孔を光らせ、部屋の壁に向けて映像を投影した。

 平面上に映ったそれは、緑髪で色白の、どこか冷徹な印象を持ち合わせる人物だった。ところが、体格は線の細い男のようだが顔に化粧を施していたりと、どこか女然とした雰囲気も出している。

 目の周りには、どれぐらい睡眠不足なのだろうかと思える程、深いクマが浮き出ている。


「彼が、凛堂レイです。研究所内でも非常に特徴がある容姿なので、すぐに見つけられる容貌です」


 アイラは淡々と説明するが、ガイは何も返してこない。

 何か気になったのか、アイラは映像を消してガイに向き合う。


「どうしたのですか?」


「・・・顔見てわかったが、コイツは十中八九、俺の子孫だな」




 凛堂レイの研究所では、助手と思しき研究員が数名、慌ただしく走り回っている。

 全員辟易とした、もう嫌になっているような雰囲気を出しているが、その目くるめく流れの輪の中に、レイがいた。

 目の前には白く光ったメンテナンス・ブースがあり、何かが出ようとしているのか、隙間から白い蒸気が噴火のように溢れ出ている。


「さあ、起きなさい」


 レイの冷酷な、しかしどこか妙に妖艶な掛け声にメンテナンス・ブース全体がばらけ、レイの視界から外れ飛び去る。

 そのブースの中にいたであろう、白い人型のような何かがいる。

 白くぎらついた発光に、周囲にいた助手達は眩しく感じて目を抑えている。


「例外的な二つ目の存在・・・。

 あなたは、どう動いてくれるのかしら?」


 レイの問いに、アイラに似た白い人型は歪んだ笑みを浮かべた。

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