第23話 人生初のバースディ -The first birthday event in his life-

 翌日になり、アイラとガイの顔写真が各媒体の報道で、重要参考人としての指名手配の情報が流されていた。

 一連の事件として、オーバーフロントエレベーター基部での爆発事故と、昨日起きたアパートでの襲撃の一端が全てガイの犯行であるとされ、アイラはその共犯扱いとなっていた。

 別段特に、二人はこの報道を気にしてはいなかったが、郊外に行く度に周囲の反応が明らかに普通じゃない事には仁科も含め驚きを隠せなかった。

 事実、オーバーフロントと地上部との間での関係値はかなり不安定である。

 現実として様々な面に於いての実権はオーバーフロント側が握っており、これを良しとしない“地上人”が大多数いると言う事実も拍車をかけている。

 行く先々で遭遇する人間は、誰一人としてガイを見かけても通報するような真似をしなかった。アイラの姿がないと、彼女はどうしたのかと逆に心配される程である。

 念を押して、ガイは声をかけられる度に、彼女は別の場所に匿われている、とだけ説明していたが、この道中だけでも相当な人数に聞かれた。

 少し煩わしく思うも、昔と似たような世界でこんなにも状況は違っている事に、ガイは助けられているとどこか思っていた。


 そして東都から百キロメートルは離れたであろうか、そこそこ大きな駅に到着した。駅名は無個性に、三百七十一番地駅と掲げられている。


「おっさん、もうここらで大丈夫だぞ。ありがとう」


 ガイが申し出、ここで運転を交代する。

 車から降りた仁科が声をかける。


「アパートの様子を見にこれから戻るが、今お前が気にする事はねえ。

 俺ら自身もどう動くかも、また連絡するかも知れんがな。

 さ、早く向かえ」


 促され、ガイはアクセルを踏み込み、仁科の元から離れた。

 街中から離れて、田畑が広がる田園風景を突き抜ける道路に出てから、路肩に停める。


「降りろ。座席に乗り込めよ」


 運転席から降りたガイはトランクのボンネットを叩き、開ける。

 まるで疲れた素振りを見せないアイラは何事もなかったかのようにトランクから出てくる。


「ここからまだ移動は続く。東都に比べて何もない状態が続くから、何か欲しいのがあったら言えよ」


 ガイはそうアイラに声をかけるが、アイラは聞いていないのか何かに目を奪われている。


「またかよ、これから腐る程見る事になるからいちいち足を止める事ねえよ、行くぞ」


 予想通り、初めて見る田園風景にアイラは目を奪われていたのだった。

 ちょうど季節としては秋に差し掛かる頃。

 ガイにとっては呆れる程に見慣れた、稲刈りの季節だった。




 ガイが車を走らせた先は、もはや山と言うぐらい周囲に何もない場所だった。

 ただ山小屋が一軒だけ。

 ガイが、何かあった時の為の予備の隠れ家として、維持だけし続けていた物件のようで、途上の山道は、車ではとても通れないような悪路の為、当面身を隠すには都合の良い場所でもあった。

 車自体も宙に浮いているとは言え、路面からの空間保持をセンサーで反応させて半重力を起こして浮遊している為、いくら技術が進歩したこの時代でも悪路走破は厳しいようで、途中からは登山になっていた。

 ここまで来れば人に追われる心配がないとは言え、ガイは滞在期間を二日と決めていた。

 いつここの場所も割り出されるか分からないし、アイラ自身に何らかしらのセンサーが内蔵されていればすぐに特定される。

 アイラ自身は、センサーになりえそうな物は事前に自身で破壊しているとは言っていたが、それでも不安は拭えない。

 レイなら何かしら、開発者にしかわからない何かを施してはいそうである。ガイも、自分ならそうすると踏んで、敢えてこうした。


 実際、療養とは言っても東都にて所持していた装備だけでは心もとない。

 ここの隠れ家にはガイが数百年かけて備蓄して来た兵装をほぼ全て保管している。

 今回は、ここにあるものを出来うる限り全部持ち出すつもりでいた。

 おそらく、最後の戦い、とどこか本能的に察知していたのであろう。


 しかし、手伝いはするものの、アイラ自身はどこ吹く風のようで、山小屋周辺の光景でも楽しんでいる風だったので、ガイは今の内に楽しませるようにした。


 そして到着した初日の夜、アイラがガイに話しかけた。


「ガイさん、これ」


 不意にアイラはガイに何かを手渡す。

 きっちりと包装されているようで、何か特別感を持たせた箱である。

 ガイは銃の手入れをしていたが、作業の手を止めてアイラから箱を受け取る。

 掌より少し大きい程度の小さな箱だった。


「前に、ガイさんが誕生日と言った時に用意しようと思ったのですが、お渡し出来るタイミングがなくて」


 年頃の少女らしい緊張感がまるでなく、味気ない雰囲気ではあるが、今までと違って喋り方がどこかぎこちない。

 ガイは言われて改めて気付いた。

 オーバーフロントへ単独で潜入しに行った日、出発直前にアイラから誕生日の事を触れられていた。

 さすがにあの日以来から、そんな話をするような機会はなかったし、アイラも気遣って今まで渡せないでいたのだろう。

 しかしどこでこれを用意したのか。


「サリーさんに聞いたら、これを用意してくれました」


「はっ、二千年生きて初めてプレゼントなんてもの渡されたよ。

 俺がガキの頃なんて誕生日にどうするなんて事なかったのにな」


 ガイは失笑し、開けていいかとジェスチャーで伝えると、アイラは無言で頷く。

 包み紙を丁寧に開け、箱から取り出されたのは、白い蕾を咲かせた花の刺繍を施したハンカチだった。


「・・・これ、優曇華の花か。あのババア、何つーもんよこしてやがんだ」


 更に失笑するガイ。


「優曇華の花とか、どう言う事だ。これ、あのサリーが選んだのか?」


「いいえ、それは私が選びました」


 アイラは淡々と返す。


「何故私が意志を持ってこの世界に来たのか未だにわかりません。

 でもこの世界に来た時から、人間になりたいとだけはずっと思い続けていました。

 ただ、機械の私がこう言うのもおかしいんですが、何となく、と言えば良いでしょうか。気付けばこれを手にしていたんです」


「・・・三千年に一度咲く花、か。

 昔から時折耳にしていたんだが、花を名前にした、お前みたいなアンドロイドの話を聞いた事あるんだよ。一つだけじゃなくていくつも。

 どう言う因縁かわからんが、お前もその一人だったんだな」


 ガイはアイラの目を見て呟く。

 やはり最初から思っていたが、ガイはアイラをただのアンドロイドと思った事はほぼなかった。

 如何にもアンドロイドらしい行動をされてどこか困ったのはその心理からだった。

 特に、今の姿になって見た目はほぼ完璧に人間になっている事によってその思いはより一層強まっていた。

 ここで、ガイは口を開いた。


「東都で夕焼けを見た日、お前に言ったよな。

 お前に似たヤツがいて、ソイツを思い出したと。

 ・・・俺の幼馴染、と言えばわかるか?

 何でお前がアイツと同じ見た目をしているのかは全然理由がわからないが、複雑な話だが、今から三千年前にその幼馴染と俺は会っていて、たまたま二千年前に生まれ変わっても再会したけど、その時は叶わなかった。

 それが今こうして叶った、て事でいいのか・・・?

 これ以上俺には何とも言えんが」


 そう言うと、アイラは不意にガイに近付いて、ガイの胸に自分の体ごと預ける。

 面食らったガイは驚くが、アイラはいつも通り淡々と続ける。


「いや、何となく、こうした方がいいと思いまして。迷惑なら離れます」


 アイラにそう言われるも、ガイは拒否しなかった。


「いや、こうしててくれ」


 二人はそのまま微動だにせず、ただそのまま時間が過ぎるが、アイラはそのまま動かずにこう言った。


「誕生日、おめでとうございます」

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