第22話 逃避行の奥底に -At the bottom of the escape-

 レイはこれ以上無い位に苛立っていた。

 思い通りにならずに苛立たせる性格は今に始まった事ではないが、完全包囲したにも関わらず対象二人には逃げられてしまった。

 住人達も、生き残った兵士を全員アパートから追い出して各部屋に立て籠もり、レイに協力を全面拒否の態度を示している。

 ここまで思い通りにならなかった事は今までなかったようで、あからさまに歯軋りをして周囲の物に当たり散らしている。


「XX-02の破損度合いは!?どうなっているの!?」


 レイの怒鳴り声が飛び交う。

 生き残った兵士達はよろめく体を何とかはっきり動かそうとするも、負傷の度合いが大きいのか思うように動けない。

 その様子を後目にジンは何も言わず、翻してその場を離れた。




 難を逃れたアイラとガイは、ヘカテイアに匿ってもらっていた。

 ガイ自身の負傷が癒えておらず、これ以上無理をするのはと言うアイラの判断で、アイラがここしか把握していなかったと言う事情もあるが、サリーにお願いしてひとまず店の事務所側に入れさせてもらった。

 ガイの体の何か所か、今までなら少々の骨折でも一時間もせず驚異的な再生力で関知していたが、どうやらジンとの戦闘は何かが違うのか、負傷すると回復しない特性があるようだ。

 サリーはスタッフに店の売り場を任せ、アイラとガイに事情を聞く。


「お尋ね者かどうかはこの際どうでもいいわ。

 でもアナタが二千年も生きてるって言うのがどうにも信じられないわね」


 誰もが言う予想通りの回答であり、ガイも言われ慣れている。


「信じる信じないはこの際どうでもいい。

 とにかく今はアイラの言う通り俺は療養が必要だから、一旦郊外に脱出しようと思う。手近で危険だとは思うが、偽故郷にでも行こうかと思う」


「偽故郷?」


「俺のかつての故郷を模した町が、東都から北西二百キロの地点にある。

 明日までそこに逃げ切れれば、療養出来る時間は出来る筈だ。

 全快次第また東都に戻ってヤツらをぶっ潰す。

 決着つけねえといつまでも追われる事になるからな」


 ガイの故郷。

 アイラ自身も、今まで聞かされた事のなかった情報だった。

 東都自体、事実ガイのほぼ記憶通りの構築らしく、実際世界中の構成物は旧世界の情景そのものを出来うる限り模しているらしい。


「旧世界で言う城下町、って言われるタイプの小規模な街だ。

 あそこには連中の息のかかった組織も人間もいない事は把握しているから、後は移動手段だけだ」


「あ、それなら安心して、私が用意してあげるわ。

 あ、あくまでもアイラちゃんの為、ね。これ以上の上客様にはまだ来て頂かないとね」


 サリーの歯牙にもかけない物言いに、ガイは苦笑いする。


「実に正直だな」


「正直が身上なものでね」


 すると、事務所の扉が開く。

 スタッフが声をかける。


「店長、仁科と名乗る男性がいらっしゃってますが」


「あ、通しなさいな」


 そう言われスタッフが姿を消し、入れ替わりで仁科が入って来る。

 ヘカテイアと言う店の空間には似つかわしくない人物ではあるが、仁科はお構いなしに事務所に入って来る。


「無事だったか!!こっちの事は心配いらんからな!!」


 入るなり開口一番、ガイに声をかける。


「うちのツレが迷惑かけたようだ。ありがとう、恩に着る」


 すぐさまサリーに向き直った仁科は頭を下げる。


「大丈夫ですわよ。

 あ、殿方も仕立てはそのままでよろしくて?

 殿方の今の身なり、割とこの辺では目立つので、目立たないレベルの良いコーディネートさせて頂きますよ?

 もちろん、今回はアイラちゃんとガイさんの脱出の為、なので、それに合わせての事なのでご料金はお気になさらず」




 二時間程して、裏口から三人は出た。

 この時間の間で、仁科は商業区で歩くには問題なさそうな、及び年齢相応なお洒落着を仕立てられた。

 あくまでもスラックスにパーカーと、仁科の年齢から鑑みると少しずれている。


「・・・ま、まあいいか」


 納得出来ないような何とも言えない表情で仁科が言う。

 そして裏手に、車が五台は置かれていた。

 その中の一台分の鍵を貰っており、これで脱出する事になったようである。


「とりあえずおっさん、頼むわ。

 おっさんが東都まで帰れる距離までで良い。

 そこからなら何とかなるだろ」


 ガイはそう言って、手荷物をトランクに詰め込み始めた。

 そしてアイラに、荷台に入り込むように伝えた。


「こんなくそ狭いところで悪いが、着くまで辛抱してくれ。

 俺は後部座席にいるが、何かあった時は俺が暴れる事になるから。

 じっとしておくだけで良い」


 アイラは「わかりました」とだけ言い、荷台の中に素早く乗り込んだ。

 そして荷台を閉め、仁科が運転席に、ガイは後部座席に寝そべる様に乗車した。


「とりあえず、高速道路はまずいだろうから、下道で行くぞ」


 車体が浮き上がり、荷台のサイドそれぞれにジェット噴射口のようなマフラーが二対現れ、加熱。

 そして仁科が軽くアクセルを踏み込むと、車体は滑るように、ゆっくりと宙を飛ぶ。


「やっぱ、今時の車は慣れないな」


 ガイが少しぼやく。


「兄ちゃん時はどんな車だったんだ?飛ばないとまでは聞いた事はあるが」


「車輪が付いていて、それで地面しか走行出来なかった。

 それでも充分に早く走れたもんだ」


「タイヤってやつか!?今じゃそんな車、博物館への展示ものだな」


「まあ、当時でこのような状況だったら確実に捕まってたが、この車でも案外捨てたもんじゃない」


 そんな世間話をしながら、アイラとガイの逃避行が始まった。

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