第39話 漆黒は光になり -Deep black becomes light-

 潰えた命の骸を手に、胸から手を抜いたアイラの雰囲気がまた変わる。

 再び漆黒に染まる。

 しかし髪は白いまま。

 徐々に色が染まり切り、煙をあげつつそして再び、色が戻る。


「昔のアイラか?」


 ジンは振り向き、背後のアイラに目を留める。

 黒いオーラを纏い、元の白い肌が現出しているも、何かが異なっている。

 ほんの少し青みがさした以外大きな変化はない。

 しかし目の据わり方が別物としか形容出来ない程、鋭く険しくなっている。

 そして首元から黒い模様のような何かが肌に絡みつくように刻まれている。

 その模様にジンは見覚えがあった。記憶が頭にあった。

 

「・・・いや、本当のアイラか?」


 ”本当のアイラ”はゆっくりとガイの骸を横たえ、立ち上がる。


「ジンさん、ガイの身体、お願い」


 アイラはいつもと変わらない口調で言う。

 しかしどこか強いと言うのか、冷徹さが感じられる。


 ジンを飛び越えて、レイの目線にまでアイラは浮遊する。


「またお前を助けれないのか、すまない」


 舞い上がるアイラを見て、ジンは悔いた。


 レイは何事かと、球体に横たわったまま様子を見ていたが、浮遊して来たアイラを目にしてニヤつく。


「・・・それがテメェの本当の姿、ってところかい。

 随分時間がかかったけど、構築の計算式、間違ってなかったようだな」


 口調こそ荒いものの、レイの表情はどこか安堵していた。

 これを待ち望んでいた、と言った具合の顔だ。


「私を知ってて今のこの時代に私を戻したの?

 それなら私がアビス・ホールに対してどれだけの事を受けたか、喰らわされたか。

 判った上で私を呼び戻したの?」


 アイラの冷厳な声が響く。


「判った上で、だよ。

 テメェのその感情で、この世界をぶっ壊してくれれば、それでよかったんだよ」


「・・・本当に自分勝手な人。

 でもこうは考えなかったのかしら?

 世界を壊しきるのは何も物理的に全てを終わらせるだけじゃない。

 あなたの存在認知能力を全て抹消させる、と言う終わり」


「自分ん中では考えてたかもな。

 でも自殺なんてのは俺の性には合わねぇ。

 まあどこまでも他力本願だよな」


「哀れな人。

 望み通り、あなたの中の全てを終わらせてあげる。

 でもそのまま終わるだけじゃ性に合わないんでしょ?

 ・・・かかって来なさい」


「・・・いいねぇ、受けきってくれるわけかよ!!」


 作り主と工作物の言葉の応酬の末、レイは球体の上で起き上がる。


「これの力得るからよぉ、俺の全力受けてくれよぉ!!

 ヴォイドが俺の中にいるなら、テメェも全力出し切れるだろぉ!?」


 レイの顔が、腕が、足が、背中の節足が、黒ずんだ皮膚が、変化する。

 液体の表面のように艶を出し始め、赤黒い波紋が現出。

 目から光が失せ、鼻が塞がれ、目と口だった穴は無間の闇のように奥行のない黒いただの穴となった。

 そして咆哮が轟く。

 様々な怨嗟を籠めたかのような、耳にだけは届ける負の音声。

 レイは文字通りヴォイド化した。

 耳に既に深刻なダメージを負っていたジンは特に苦しむ事無く傍観出来たが、千年前の記憶がフラッシュバックする。

 あの時と少し異なっているが、アイラはヴォイドと相対している。

 ヴォイドを殲滅するのが使命、と形容されても何らおかしくない当時の行動原理。

 千年経っても今尚同じ事を行う。

 呼び戻されても相変わらずの業を背負わされる。

 ジンは胸に苦しさを覚える。


 ここからは、人外の域にいたジンですらも理解を超える展開となった。

 アイラとレイは特に動く事無く、そのまま相対しているだけだが、ジンには見えていた。

 物理や精神すらも超越した応酬。

 ただ動きのないやり取りしか見えていなくても、お互いに精神世界で戦っている。

 それが証拠なのか、時折互いに、殴られたかのような反射動作が時折起こる。

 アイラ自身は特にダメージは見受けられないが、レイはあのイヤな雄叫びを上げつつも徐々に身体が頽れていく。

 ダメージは負っているようだ。

 周囲はアイラの漆黒のオーラとレイが赤黒い稲妻で混ざり合い、さながら、誰もがこの世の終わりとしか言えない禍々しい光景が展開されている。

 そしてこの間に、どんな会話が成されていたのだろうか、ジンにとっては不意だったが、レイは呼吸を荒くしながらこう切り出した。


「——————これが最後だ。

 俺はもう死ぬ。

 ついでにアビス・ホール潰してくからよ、どう切り抜けてこの先を生きて行くのか。

 別の世界で見ててやるぜ」


 レイは球体の表面に手を突っ込み、何か操作を始めた。

 表面下に埋もれている為手の動作は全く見えない。

 すると球体が瞬時にひび割れ、割れ目が白く浮き上がる。


「じゃあな、あれがとうな」


 血に塗れ、顔の右半分が割れ、体中があらぬ方向に曲がりまくった、痛々しい姿をした異形は少し手に力を加えた。

 球体が割れ、ガラスのような破片が爆せる。

 すると、レイは中身に触れたせいなのか、身体が徐々に粒子化していく。

 呑まれるように身体が徐々に分解され、最後の残った左半分の顔が、涙を流しているのが見て取れた。

 泣きながら、満面の笑みを浮かべていた。

 そしてその笑顔のまま、レイの身体全てが分解され、消滅した。

 更に入れ替わる様に、殻を失った球体が収縮を始め、数十メートルはあったであろう球体は一メートル四方にまで急速に小さくなった。

 その穴から、声が聞こえた。


「アイラーーー!!

 ヴォイドが出てくるぞ!!

 この声は”赤影”だ!!」


 ジンが怒鳴るが、アイラは冷静に返答した。


「判ってるわ。これで本当の終わりよ」


 浮遊したままアイラはその縮んだ黒い穴に近付く。

 すると穴から、レイの表皮に現れたあの赤い水面のような表皮の何かが姿を現す。

 ヴォイドの尖兵とも言えるそれが、再び雄叫びを上げながら、心ここにあらずと言う具合に顔らしきものをあげる。

 その顔と思しき部位に穴しかなく、先程のレイの変貌した顔と同じ目と口があった。

 見ているだけで吸い込まれそうな、ただの闇が広がるだけの穴。

 それに目も暮れずアイラはヴォイドに肉薄し、冷徹に告げた。

 

「・・・還れ」


 アイラの右掌が白く光り、ヴォイドの顔を掴んでアビスホールの面に押し当てる。

 頭部の口腔部を全て押さえられ、破滅的な声を出す事も出来ず、アイラの手を退けようと掴もうとするが、アイラから溢れ出るオーラに触れると手が蒸発し、何も出来ず藻掻いたままアビスホールの面に押し込められた。

 アビスホールの面がひび割れ、白い閃光が割れ目から溢れ出る。

 同時に振動が全体に伝わり、空間全てが震え出す。

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