第38話 アイラという人間 -Human called A.I.R.A.-
レイのけたたましい笑い。
レイの腹の破れた服の隙間から覗かせる良く分からない目。
黒い空から降りしきる雨。
頭が血に塗れ横たわる動かないジン。
アイラの柔肌の黒い肩、顔、髪に雨が打ち付ける。
アイラの眼前から、真っ白な自分の分身とも言える存在が、消えた。
茫然と目を見開いて空虚を見る。
そして、徐々に、全身からふわりと、緩い風が巻き起こる。
「何だ何だ?次は何見せるってんだぁ??」
レイの挑発的な言動にも反応せず、アイラは全く動かない。
節足を貫かれた腹にもまるで気にしてもいない。
「アリア、無念を受け継ぐわ」
一言を静かに放ち、アイラを起点にソニックブームが発せられる。
降り続ける雨が全て跳ね上げられ、瓦礫が舞い上がる。
風圧に圧され、レイはアイラの腹から節足を抜けずただ腕で顔を庇う。
そしてその風圧が気付けになったのか、ジンが目を覚まし、上体を起こす。
「な、なんだそれ・・・?」
ジンの眼前に、今までと違うアイラがそこにいた。
肌は黒から白に戻り、刻まれた紋様がハッキリと赤く映えている。
大きな違いは、銀色に光る髪。
悠然と舞い上がり、光彩が広がっており、夜にも関わらず昼日中のように明るく照らす。
相反する白と黒が手を取り合って混ざったような、新たな姿。
ふと右手を上げ、アイラは開けられた腹の穴に翳す。
節足が貫いていた穴から電気が走り、手が離れると、ただ装いに穴が開いただけで、身体から穴がなくなっていた。
「さあ。続き、・・・よね?」
アイラの一言が出た瞬間、レイの顔面が弾かれる。
アイラの手で小突く動作に合わせ、接近していないにも関わらず遠隔でダメージを与えている。
面食らったレイはすぐに踏ん張り起き上がるも、今度は右側から同じ遠隔の見えない拳で盛大に殴りつけられる。
徐々に蹴りのモーションも入り、殴りのモーション以上のダメージもレイに刻み付けられる。
そして腹に膝蹴りの遠隔を入れられ、吐血するレイ。
同時に飛ばされ、アリアが肉塊をぶち当てて壊した研究棟の瓦礫の山にぶつけられる。
「・・・やるじゃねえか」
余裕を消さぬよう無理にレイはヘラヘラしてみせる。
そして、アイラは次に“握る”モーションを取った。
レイが全身ごと空中に上げられ、余裕の表情は保たせながらも、首が締まっているのか声が出ず無理に気道確保をしようと顔面そのものを力ませて歪ませている。
そしてアイラの床に“叩き付ける”モーションと“引く”モーション。
宙にあげられたレイはそのまま床面に叩き付けられ、舞い上がった砂埃の中からレイが引き摺り出され、アイラと数歩程度の距離にまで無理矢理引き戻された。
「調子くれてんじゃねえぞ!!」
右腕を伸縮、刃物状に尖らせて斬りつける刹那、ジンの割り込みが入る。
アイラとレイの間合いに入り込み、闇枯でレイの右腕を受け止める。
「だからよ、俺も忘れてんじゃねえよ」
「はっ、役立たずはすっこんでな!!」
応酬から二人は刃物を互いに押し当てる。
拮抗しているかに見えたが、レイの背後に何かが力なく近づく。
何かが軽くぶつかった拍子に、不意にレイの顔が苦悶する。
「目が付いてる割に、・・・スキだらけじゃねえかよ」
腹に鈍い赤光の短刀の刀身が腹に全て突き立てられている。
刺したのは、ガイだった。
相当に弱っていた事が幸いしたのか、レイは気配をまるで掴めていなかったようだ。
アイラは構えたまま固まり、ジンもガイの気配をみとめ、叫ぶ。
「何してやがんだテメェ!!」
ジンの怒声に、ガイは弱弱しく精一杯返す。
「・・・やっぱ俺は待ってらんなかったぞ」
ひび割れは治るどころか、隙間と言う隙間から血が少し滲み、痛々しい姿になっている。
ジンの頭の中の記憶にはこのような、余りにも弱り切ったガイの姿はなく、いつも荒々しく尖り切ったオーラを放つ、かつて生きていたジンが唯一認めた”強者たる者”の姿だけが脳裏を駆け巡る。
「鬱陶しいんだよ貴様ぁぁぁぁぁ!!!!!」
異形のレイの声が割り込む。
脇差を刺されても意に介さず大腕を両方振り払う。
ジンとガイは躱す間もなく投げつけられ、遠くに弾かれる。
「どいつも、こいつもぉぉお!!」
刺された痛みより、思い通りにならない事への苛立ちが募りに募り、普段の冷静さを完全に欠いたレイは足元を不意に浮かせたと思うと、瞬時に踏みつけ、床面を破裂させ、粉塵を舞い上がらせて煙に身を包む。
すぐにジンは体勢を立て直して地面を蹴り突進、煙の中に刃先を突き立てるも固い感触が雨の中響く。
粉塵に紛れてどこかへ逃げたようである。
「ち、追うぞ」
毒づき、悔し気に刀を鞘に仕舞うジン。
両耳からまだ血が垂れ出ていて、黒いコートの肩に鈍い赤が吸い込まれる。
「おいテメェ、耳どうなってんだよ・・・」
「何とか聞こえてるし、お前ほど重症じゃねえよ。お前の方が無理するなって」
らしくないガイの心配の声かけに、ジンは皮肉を込めて苦笑いを浮かべる。
「どうって事もねえけど、流石に寝て待ってるんは性に合わねえんでな・・・」
すぐに察されてガイはばつが悪そうに、いつも通りの憎まれ口を叩くが、今では虚勢にしか思えず、ばつが悪いと共に悔しがるように歯をぎりっとさせる。
中々に起き上がれないでいると、目の前にアイラが立ち、手を差し伸べてくる。
「すまねぇ」
アイラの手を取り、ガイは何とか立ち上がる。
助け起こされてに対してなのか、待つと約束した事を破ってここまで来た事なのか。
「・・・いいのよ。
やっぱり最後まで行こう」
薄く、にっこりとアイラは微笑み返す。
余裕がなかった為今気付いたのか、ガイはアイラの変貌ぶりを改めて認める。
「・・・随分見た目が変わったな」
「・・・多分だけど、アリアが私の中に入って来たのかも知れない。
彼女も、最後の最後で私と同じ、人間になったと思う。
でもすぐに終わってしまった。
だから、だから・・・」
ガイの手を握ったまま、アイラの目から涙が一筋だけ、伝う。
「私はアリアの分も、生きる」
再度内部へ潜入し、ジンの先導で奥へ進む。
ただ直進出来ず、時折どこかの部屋に入っては別の通路に出て、再び入っては出るの繰り返しで、複雑な経路を辿って行く。
場所はどうやら、アイラとガイが初めて接触した研究所ではないようだ。
そして潜入して半時間程であろうか、完全に外とは遮断された本当の意味の内部に到達したようである。
研究棟の白い内装も無機質ではあったが、今いる場所はオーバー・フロントのメンテナンスブースの一部とでも言えようか。
無機質具合が更に拍車がかかり、黒鉄色のダクトや蛍光緑色の文字が周囲に乱反射し、黒と緑が入り乱れる禍々しい無機質、無個性な空間が続いている。
更に床面には紫とも緑とも言えない、形容し難い色の液体が一方向に続いている。
変態したレイの体液、血液が相当量。
三人はそれに続くと、無骨で巨大なハッチが開放されているのを確認した。
その中に入ると、オーバー・フロントで言うところの最奥部にようやく入ったと言えようか。
ゆうに数百メートルはあろうかと言う空間。
三人は全高の中間点程に出て来たようで、上にも下にも空間は広々と続いている。
まるで巨大な球体を覆って収めるような、まるで器。
そしてその空間の中心点に、それはあった。
光の反射がひとつもない、無光沢な黒い球体。
周囲に青い稲妻が走っており、ただ存在するだけでもかなりのエネルギーが発生しているのが肉眼でもわかる。
「これ暴走、してるのか?」
ガイは過去にこれを当然ながら目にした事はなく、どう捉えていいのかわからないと思った。
しかしジンは違った。
ジンは過去にこれを目にしており、苦しめられた事がある。
そしてアイラも険しい目になる。
アイラも知っているようだった。
「暴走、それ自体は間違いない。
ただこんな状態になってるのは初めて見る」
ジンは球体を睨んだまま、闇枯に手を添えて構えを解かない。
「千年前の時はそうじゃなかったのか?」
「あの時はコイツからよくわからん雑魚が大量に出て来たのと、ヴォイドそのものが呼び出されたぐらいでただ真っ黒な穴と言った具合だったがな。
こんなに球体で青いスパークなんて走ってはいなかったな。
まあ、ヤツは再現と言ってただけだったな」
「よぉ、来たかぁ・・・」
枯れた声が空間に響く。
「本当は中からヴォイドを引っ張り出すだけだったんだが、ちぃっと粋な事思いついたんだよ・・・」
すると何かが高速で三人の頭上を通過する。
三人はすぐにその通過した先に目をやった。
球体の表面に、異形のレイが身を預けるように貼り付いている。
スパークが体中に流れ込んでいるのか、全身をバラバラに震わせている。
「俺とコイツのコラボ、楽しみな!!
手始めにこれだ!!」
レイの大腕が少し上げられ、スパークを纏った、異様な太さの指がひとつ、急激に伸びて瞬間的に伸長。
音速を超えていたのか、三人は全く反応出来なかった。
そして、今や一番反応出来ないガイの胸元の中心を、大きく貫いていた。
「ガイ!!」
指が縮み、ガイの胸から先端物が抜き取られ、ガイは力なく倒れ込む。
すぐにアイラが駆け寄り、ガイを抱き止める。
「・・・やっぱり役立たずは変に助けに行くもんじゃねえな。
ただの、足手纏いにしかなって、ねえ・・・」
ただでさえ弱くなっていた声が更に弱くなり、消え入りそうになっていた。
「どうしてもお前と、やっぱりいたかったんだよ、・・・許してくれ。
それでよ・・・、やっぱ最後に、・・・俺の願い、叶えてくれよ」
仰向けに寝かせられたガイは、消えかけの声でアイラに哀願する。
アイラは聞き入れるべきか、否か。
初めて迷いを見せた。
そこで、アイラとガイを守る様に、背中を向けてレイに相対したジンに、背中越しに諭される。
「・・・叶えてやってくれ。もうどう足掻いても、もう、助からん」
ジンの声にも、悔いに苦しい、すごく伝わるものをアイラは感じた。
「・・・俺達の共通の身体的な弱点は心臓だ。ただ潰せばいいわけじゃない。
俺達が致命的なダメージを食らっている状況は滅多にないが、今が正にその時。
この状態で心臓を潰されれば、すぐに絶命する」
ガイは震える手で、アイラの左手を取り、自身の胸の上に置いた。
「・・・」
そして、先程の一筋とは違い、アイラの目から涙が溢れる。
すぐに止まない。
止めどなく。
止まらない。
「あの音楽よ・・・、また聴きたかったぞ」
ガイの一言。
最期の最後で、この言葉。
正に今だ、と言う合図。
無理に堪え、アイラはそのままガイの胸に指を突き立て、あらん限りの力を込めて食い込ませた。
体力をかなり失っていたであろうガイから、苦しそうな反応や声は全く出なかった。
更にどういうわけか、血も出ない。
それ程までにガイの身体に限界が目前まで来ていた、という事か。
そしてアイラは手にした胸の中の物を、掴んだ。
そして熱が引いていくのを感じた。
急速に、冷徹に。
アイラは改めてガイの顔を見る。
心臓を潰されるという、本来なら苦しい死に方であるのにも関わらず、ほっとしたような、その場には余りにも似つかわしくなさ過ぎた、安堵の貌だった。
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