第12話 Black or White

 八月の焼き付ける夏が過ぎ去ろうとした頃に、東都では行方不明事件が頻発し始めていた。

 しかし、いつの世も人は変わらないのであろうか、報道は過熱気味に過剰に連日で垂れ流し、コメンテーターは自分の好きな事をとにかく口で並べ立てる。

 警察機構も今捜査中であるの一点張りであり、そして一般庶民は自身の生活で手一杯だからと気にも留めない。

 ガイは今の世の中をかつて自分が生まれ育った時代と良く似ている今の風潮に相変わらず辟易するが、同時に警戒していた。


 何が目的かわからないが、これをする為に人員を割いてる?

 いつでも捕まえられるから特に気にも留めていない?

 それともそれら以上の何かが起ころうとしている?


 ただ自分の中で自問自答していても、ガイは答えを割り出せなかった。

 そこでガイはある場所に向かうべく、準備を始めている。

 アイラと初めて接触した時にしていた装備と同じ、灰褐色の日本刀と壁の中からサブマシンガンを二丁、そしてこれは当時持っていなかったが、赤黒い鈍重な光を放つ一際長い日本刀を取り出す。


「その刀は、前持ってませんでしたよね?」


 準備している傍らで、アイラはガイの準備風景を椅子に座って眺めていた。


「これは俺が一番長く使ってる刀だ。

 二千年前に面白い鍛冶師がいてな、ソイツが鍛えてくれたヤツだが、ほとんど手入れしなくていいぐらい代物でな。

 “影縫”って銘がある」


 鞘から赤味を帯びた日本刀を出し、刃毀れがないか目視してない事を確認したガイは再び鞘に納めた。室内に“影縫”の収められる、鈍く響いた音が響き渡る。


「どこか行かれるのですか?」


 アイラの質問。先程から“笑顔モード”になっておらず、どこか真顔である。何か感じ取っているようだ。


「・・・ヤツらの動向が気になって来たんでな。

 お前を拾ったオーバーフロントにもう一度行ってくる。

 これまで一度も斥候すらないのがどうにも妙でな」


 ガイは銃と弾倉をコートの内側に仕舞い、刀を二振り、リスト端末のスイッチを押して収納する。


「わかりました。それでも、今の季節は夏なので非常に暑いので、日陰には必ず入るようにして下さいね。今日は八月二十五日。夏でそのコートは体温調節に異常を来します」


 アイラが気遣っているのか、淡々とはしているがコートをジッと見て呟く。

 これにガイはどこか不意を突かれたのか、失笑した。


「俺自身普通の人間と違うから体温調節とかねえんだよ、だから問題ねえ。

 そこまでは心配するな」


 ところが更に不意を突く質問をアイラはぶつけた。


「そう言えば、ガイさんは誕生日のようですね。そろそろ」


 そう言われ更に目を丸くするガイ。誕生日について聞かれるとはどれだけ聞かれていない事だろうか。


「お前俺の生体認証どこかで確認したか?まあお前ならまだいいけど、俺は誕生日とかそんなモンに特に興味はねえ。ひとつ歳をとっただけだ」


 不器用などこかぎこちない笑みを浮かべて、ガイはアイラの頭を少し雑に撫でる。アイラと出会ってから初めてしたが、どう言うわけかガイは自然に手が出て直に撫でた。今取った動作にガイは自分を少し不思議に思ったが、やはりアイラからの影響なのだろうか。

 特に撫でられた事に何も反応しないアイラはただこう返した。


「無事に帰って来て下さいね」




 ガイが去った部屋は、殺風景な部屋が更に生活感のない空間になり、そこにアイラは一人残される。

 せめてもと、ガイはある日帰り掛けに花と言う物を購入して持って帰って来た。

 アイラトビカズラと言う花である、とアイラの中のプロセッサが判断しているが、アイラ自身もどこか不思議な感覚をこの花を見てから感じていた。

 不思議に思ってアイラトビカズラについてデータベース検索を行っても、これと言った情報は出て来ない。更には、ガイからはネットワーク接続は止めるよう言われている為、今の状況から調べ上げるのは実質不可能な状態ではあった。

 ただ、ガイから聞かされたのは、アイラトビカズラの由来の別の花についてだった。存在しないとされていた優曇華と呼ばれる、仏教と呼ばれる宗教の経典世界に登場する霊花で、開花すると三千年に一度の変事が起きる、と言う不吉な花だと聞かされた。

 人間にとっては、良くない花と言う事になる。

 しかし、アイラにとってはただ嫌な存在には感じれなかった。

 やはり自分と同じ名前が冠せられているからか。

 ガイがいない日は、このアイラトビカズラの鉢をずっと眺めているのが日常になって来ていた。

 今日も眺めていると、不意に窓の外の光景にいつもと違う動きがあった。

 同じアパートに住んでいる子供達が混じった子供の集まりに、妙に着飾った男が子供達に怒鳴りつけては時たま拳を振り上げている。

 何を感じたのか、アイラは部屋から勢いをつけて飛び出した。

 同じアパートの住人達は、どこか悔しそうにやきもきしている。

 どこか異様な光景だった。


「お?こんな小汚え掃き溜めにこんな可愛いコがいんのか?」


 スーツを着てはいるがはち切れんばかりの腹がスーツのボタンを今にも千切ろうとせんばかりの張り具合にどうにも苦しそうな男が、下品にアイラを嘗め回すように見る。


「この子達が、何かしましたか?」


「いや、な。ただ目障りだったもんでな」


「目障り?」


「おう、俺様のような“天上人”の服に泥をつけて汚してくれたのよ。

 それでどう責任取ってもらおうかと思ってな。

 何だったら、アンタがその責任取ってくれるのかい?」


 ここでアイラはガイの言っていた事を思い出した。

 アイラが造られた場所、オーバーフロントの住人と地上部の都市の住人には、人間にしかない“嫌な関係”があると。

 オーバーフロントの住人は“天上人”を自称する者が多く、わざわざ“下界”に降りては地上部の住人を様々な方法で虐げたりしている。

 実際、地上部の住人が警察機構に通報しても、天上人の権力を持って全て隠蔽される。それどころか証拠をでっち上げられて地上部の住人が逮捕されたりなど社会的に抹消されたりしている。

 アイラは、ガイからの話ではどうにも理解しきれない事が多々あったが、今見たこの十数秒の光景で全てを理解した。

 ここで、アイラは自分の中で何かが沸き起こるのを感じる。


「おい嬢ちゃんやめとけよ!コイツらに逆らうもんじゃないって!」


 人混みの最前に仁科がいた。

 やはり“天上人”と自称するこの醜悪な男にどこか恐れを成しているようで、子供達を助けようとしない。否、助ける事が出来いでいて腑に落ちない顔をしている。


「・・・人助けって、こうするんじゃないですか?」




 ガイはオーバーフロントの、エレベーター基部開口部にいた。

 今回も偵察しても何も変わったものを見つけられなかった。

 しかしそれでもどこか予感が拭えない。

 アイラのいた凛堂レイの研究施設周辺が、以前とは別の場所に感じれるくらいに不気味に静かだった。

 何かあるはず・・・、何かが起きる。

 ガイ自身、昔から直感は誰よりも秀でていた。特に、“嫌な予感”に関しては凄まじく敏感であった。

 相棒だったジンやシンにはない一種の特殊能力のようなもので、これによって二人には随分信頼されていた。

 それも二千年も前の話か、と一瞬郷愁に浸るような感覚が包むが、すぐに消し飛ばした。

 もうアイツらは、いないんだ。

 振り切ったガイは、もう一度オーバーフロントの遠景を見渡す。

 やはり、何処にも何も変化がない。

 さすがに二千年も生きればたまには鈍るか、と無理やり自分の中で結論づけたガイはオーバーフロントの遠景に背を向け、地上に広がる都市に目をやろうとした。

 ところが、


「は?アイラ?」


 ガイは振り向き様に驚愕した。

 目の前に真っ白と形容しても遜色ない純白の女が立っていた。

 目は異様に吊り上がり、両腕に稲妻と言えるような紋様が立体的に纏わりつくように浮かんでいる。

 そして何よりガイが驚いたのは、その白い女がアイラと瓜二つだった事だ。

 まるでアイラの全てを反転させたかのような存在が、目の前にいる。


「・・・アイラって呼ばれてるのね、あのコは」


 アイラに似たそれは、口に笑みを浮かべる。

 それはアイラとは違い、何処か歪みを感じれる。

 その白は両手を悠然と広げ、纏わりついた紋様に紫雷を纏い始めた。


「私はあのコの全てを反転させた存在。

 名前は・・・、あのコがアイラって言うなら、私はアリアって名乗るわ」

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