第18話 中間色 -Neutral Gray Color-

 ジン。

 ガイにとっては、これ程の永い刻を生き続けた人生の中で、絶対に忘れる事のない存在であり、如何にして忘れようかと腐心した、ガイの人生に様々な影響を与えた人物。

 初めて出会ったのは今から二千年前。

 日本と言う国が戦争で敗北し、荒廃した国土を復興させようと躍起になっている荒れた時代だった。

 腐れ縁でもあり、無二の仲間の一人とも言える仲でもあった彼。

 その男が再び眼前に、相変わらずの澄ました顔で立っている。


「ガイさん、この方は?」


「かなり昔に、俺と組んで色々仕事とかこなした事がある元相棒、ってとこだな。

 名前はジン。何故まだ生きてるのかわからねえが気をつけろ。

 俺自身、ヤツにまともに勝てた事がない」


 アイラの冷静な質問に、険しい声でガイが答える。


「かなりお久しぶりのようですわね。

 水を差すのも申し訳ないのですが、言う事を聞いて頂きましょうか!」


 アリアの掛け声で再開。

 ガイとジン。

 アイラとアリア。

 再び誰の目にも留められない応酬の交換。

 アイラとアリアの応酬はほぼ互角のようだが、ガイとジンの応酬ではジンに分があるようだ。


「け!何故かよくわかんねえが無駄に剣圧だけ上げやがって!

 テメェ更に人間捨てたな!?」


「何故俺がこうしてるのかはわからんが、意志は持たされていない。

 現状俺の中にプログラムされているのは、お前自身の抹殺のみだ」


 激昂するガイと冷然と返すジン。

 ガイは手数で押そうとするも、ジンの確実かつ最小限の一撃で全て流される。

 二千年前の、子供時代の喧嘩。

 軍事教練での組手。

 “普通”をやめて“人外”となり、対立した時の殺し合い。

 全てに於いて、負けきる事はなかったが、ジンに勝てた事がなかった。

 その亡霊を自称する目の前の男に、全て再現させられている。

 とにかく、無性に腹が立っていた。


「テンメェ・・・、いい加減にしろよ。

 いつまでもいつまでも、俺より先々に。

 いつまでもウゼエんだよ!!」


 刹那、瞳孔が白くなり、黒い眼球となったガイが瞬時で間を詰め、影縫を叩きつける。


「怒り任せなのも相変わらずのようだな。

 俺の中の仁加山正の記憶も言っている」


 少し押され気味ながら、変わらず冷然とジンは答える。




 対してアイラとアリアも先程と変わらない応酬ではあったが、地面の体勢を整える場所がそれぞれ微妙な位置となった。


 刃を交えるガイとジンを間に挟み、どちらも対称的に離れた位置に立つ。

 これを見逃さなかったガイはアイラに叫ぶ。


「アイラぁーーー!!

 根こそぎ吹き飛ばせ!!」


 そこで何かを察したのか、アイラは躊躇わず両手を前方に掲げ、瞬間的に一メートル四方の光球を発現させてすぐに放った。


「は!?」


 愕然としたアリアは躱せないと判断したのか、その場でフィールドを展開させて防御態勢を取る。

 ジンはガイに刃をぶつけられたままの為身動きが取れない。

 光球が接触する直前に、ガイは刃を押し当て、反動ですぐに離脱。

 ジンは光球に接触して呑み込まれる。

 発光が激しくなり、爆炎が現れた。

 周囲に倒れている巻き込まれた兵士達も、我先にとよろけながら離脱する。

 クラブハウス前は一気に灰燼に帰した。




 商店街で、仁科は普段買わない乾物や合成食品など、しかも一人身にも関わらず多めに買い集めていた。

 いつも通っている店主からも「来客か?」と聞かれるが、「今日は酒より飯の気分なんだよ!」と元気よく返す。

 買い物袋二つ程引っ提げて、アパートに入る。

 そこの中もいつも通りの光景で、住民が忙しなく動き回る。

 そしてガイのいる205号室の扉を叩く。


「用意したぞ、ドウリンライア」


 何か合言葉のような言葉を発すると、扉が開く。

 そこそこに負傷したのか、顔の半分を包帯で巻いたガイが応対する。


「すまねえ。一旦入ってくれ」


 ガイに促され、仁科は部屋に入る。

 仁科自身、ガイの部屋にはどうにも慣れないところがあった。

 二千年も生きている事を以前聞かされて以来納得出来る節はあったが、どうしてもこの殺風景過ぎる部屋がどうにも居心地が悪い。

 その中で椅子に大人しく跨っているアイラも、どこか浮いて見える程だった。


「ほとんど長期保存の食料にしてある。

 水までは持ち歩けないだろうから、即席消毒水を入れてあるから、何処でも水分補給は出来るぞ。

 ・・・まだこのまま中にいてるつもりか?

 ここにも何人か、“天上人”と思しき奴らがウロウロしてる」


「・・・まだ移動先も決めてないし、それに俺が予想以上の負傷をしてしまったから下手に動けない。完治するまでには決めるから安心しろ、ここのヤツラには迷惑かけないようにする」


「何言ってんだよ、ここに住んでる皆仲間なんだからそう言うなよ。

 もし中まで踏み込んで来ても皆お前らの事庇うぞ」


 そう言いながら仁科は袋の中を整理してガイに中身を渡していく。


「実際ニュースはひっきりなしに流されまくってるけど、商店街のヤツラでも聞き込みされても知らねえって言ってくれてるからな、ここのヤツラ皆、お前らの事気に入ってんだよ。

 だから落ち着いたらまた戻って来たらいいんだって!」


「それはそれで済まないな・・・」


 しばらくは仁科が別で持っていた酒を飲み始め、ガイは少し付き合う事にした。


「まさかのアイツが生きてたとかマジでありえねえって!!

 やっと忌々しい記憶から抜け切れたと思ったらこれだ!!」


 飲み始めて暫く、ガイは相当に出来上がっていた。

 ジンと再会した事によるストレスからなのか、今まで以上に酔いの周りが早くなっているようである。


「余り飲み過ぎんのは良くねえぞ、って言いてえとこだが今回ばっかりはそうもいかねえみたいだな」


 アイラから見ても不思議な光景だったろうか。

 あの冷静沈着で、取り乱さないガイがかなり抜けた感じに感情を露わにしている。

 滅多に見られないその様子を見て何か興味を持ったのかアイラがお願いをした。


「お酒って美味しいんですか?ちょっと気になります」


「いや、酒ってお前、この前のアイスの事忘れたのかよ」


「いや、いつも見ていて気になったのですが、仁科さんが凄く楽しそうに飲んでらっしゃるもので」


 アイラが少しばつが悪そうに照れ笑いをした。

 本当に平和に、ゆったりと過ごせる日はこれが最後となった。

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