倉田望海3
「愛してる」
檜佐木さんはそう言って、私を後ろから抱いた状態で眠りに就いた。
彼の右腕に私の体重がかかる形になっているので、明日彼の腕がうっ血しないか心配だけど、包まれている感触が心地よくて、このままにする。
彼は私のことを、長い間好きでいてくれたらしい。
私が大学で旅行のサークルに入った時から、ずっと。
ゆうくんと付き合ってる時も、ずっと。
何度もアプローチされて、ある時、私の中で残念なことに、パラメータが出てしまった。
それはゆうくんの様々なステータスと檜佐木さんの様々なステータスを示すもので、それが頭から離れなくなってしまった。
二人と会うたびにそのパラメータはそれぞれ更新されていって、どれだけ私を好きかとか結婚してからも幸せになれそうかとか価値観が合ってるかとか趣味も合ってるかとか単純に一緒にいて落ち着くかとか地位があるかとか将来性あるかとかどれだけイケメンかとか変なファッションしてないかとか健康かとか家に問題ないかとか生理の時優しくしてくれるかとか、時には優しくならずに自分勝手になってくれるかとか、それ以外にもたくさん。
そんな二人を品定めするような、汚いことを考えてしまって、その上で檜佐木さんが上回ってしまって、関係を持ってしまったし、最終的にはゆうくんをフッた。
私は、純粋にいつも私に接してくれたゆうくんに対して、とても失礼だ。
でも、ゆうくんは男にしては純粋すぎて、その気持ち悪さが嫌だった。
めちゃくちゃにして欲しかったなんて陳腐な表現は使わないけど、もっと普段から私に触ってくれても良かったんじゃないかと思う。
雨が部屋の窓にあたっていて、それと私たち二人の猫みたいな呼吸音が部屋の沈黙を埋める。
「檜佐木さん、起きてる?」
私が彼の部屋にあるテレビの方を見て話すと、檜佐木さんは私の耳元に口を近づけて「何?」と言った。少しくすぐったくて、でも同時に彼の低い声の響きが彼から私の肌を伝っていくのは、パラメータにもなかった彼の長所の一つだ。
「私、菅谷君のこと、もうなんとも思ってないから気にしないでね」
ゆうくん、なんて間違っても言わずに、すらりと菅谷君が出てくるあたり、私の可愛くなさに自分でもがっかりする。私はゆうくんの前でいつも、可愛い望海ちゃんを演じようとはしてたわけだけど。ほんとの私は凡庸で、なんならちょっと世渡りがうまい、ずる賢い嫌な人だ。
「菅谷のことを話すのはやめろよ」
彼のトーンは一段階下がって、苛立ちが聞き取れる。
「ごめん」
私は彼が怒るのを、期待してこんな発言をしたのかもしれない。二人のある程度魅力的な男性に、長期間にわたって本気で好かれていたなんて、何度も実感したいに決まってる。
同時にゆうくんの別れるときのすました顔も、私がゆうくんと付き合っていた時に大学ですれ違ったときの檜佐木さんの怒りに満ちた顔も、ちょっとかわいそうに思えて、全力では楽しめない。
「檜佐木さんって呼ぶのさあ」と私は彼の手を触りつつ言った。
「うん」
「もう疲れちゃったかも」
「そっか」
彼のマンションは大通りに面していて、そのため静かになると車の音がうっすらと部屋にも届く。今日みたいな雨の日は、水たまりを切り裂く音が多く、それは意外と好きだ。
「じゅんちゃんとかでいい?」
「ちゃん、かあ。俺、ちゃんなんて似合う見た目じゃないだろ」
「私からしたら、可愛いけどね。ガキ大将の子供みたい」
「失礼な」
じゅんちゃんは私のおなかを強く抱きしめた。
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