菅谷勇利7

会社から帰って、少しずつ散らかってきた8畳のワンルームを見渡す。意味もなく除菌スプレーを部屋全体にかけた。


「また会わない?」

とゆいさんのLINEに打ちそうな手を止めて、着ていた半袖シャツとチノパンを洗濯機に突っ込んだ。


-やるね、ぼくちん。性欲に負けてないね-

その先の面倒臭さや虚しさを何度も経験したからね。


僕はシャワーを浴びて、会社で教わった業界知識や様々なツールの使用方法を思い出す。


これだけでいいじゃないか、と何度も思う。


自分の好きな業界に入り込むことができた。就活は大成功だ。一握りの人しかできない仕事ができていて、好きなことで食べていけている。健康で、友達もいないわけじゃない。貯金は多くないけど、困るほど少なくもない。奨学金も抱えていないし、親との関係は


-良好とは言えないよな-


それでも、僕はうまくできている。毎朝陽の光を浴びて起きたら、幸せな気分で然るべき人間だ。


なのに何でこんな、足りないなんて思うんだろう。


シャワーから出ると、スマホが一瞬起動した。インスタとLINEのバナーが見える。


インスタの方を見てみると、ミナガワさんからのdmだった。


ミナガワ: この前海で撮った映像、今バズってます!Twitterで上げたんですけど、それが8千リツイート。


それはすごい。


スガッチ:え、めちゃくちゃすごいじゃないですか笑笑 でも確かに綺麗な映像でしたけど、そんなに万人受けするタイプのやつじゃないですよね?不思議…


-なんかその言い方失礼じゃないか?-

え、そうかな。


僕はドライヤーで髪を乾かしつつ、ミナガワさんのTwitterを見た。本当に8千、いやもう9千近い。


ミナガワ:有名なアーティストがリツイートしてくれて、それから国外のアーティストとかに広まりまして。そこからはもう一般の人とかにも国内外問わずすごく反応されてます。


僕の海パン一丁の姿がこんな多くの人に見られるのはどこか恥ずかしい。しかし芸術の一部として多くの人の心の中に存在できるのは、ある種自分の欲望や生活から乖離したもう一人の自分が生まれているように思えた。それがモヤモヤした僕の頭にはとてもよく効いた。


続いてLINEの通知を開いてみた。


一気に血の気が引いた。


赤羽菜月だ。

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