小清水虎太郎 独白

赤羽菜月は、僕と唯一セックスしてくれた人だ。


彼女の肌にはほくろやニキビが多く、AVで見た女優とは違っていて、胸も左右対称ではなかった。それでも僕のガリガリで骨ばった体とは異なり、潤いがあってなめらかだった。


彼女が僕のことをなんとも思っていないことは知っていた。いつもどこか遠くを見ていたんだ。


ある時、尋ねたことがあった。

「なんで僕なんかとセックスしてくれるの?」


もちろん、最初の一回は、菅谷の居場所や内定先を知る交換条件としてヤらせてくれただけだった。でも、それから何度かさせてくれる理由が当時の僕には分からなかった。


彼女は

「これまでの人は私に優しくなかったから」と言った。


つまり、菅谷は優しくなかったということだ。


でも僕は知っている。そういう人が思い通りに自分の人生のコマを進めることができると。


実際、彼は誰もが憧れるポジションに行った。僕は映画が大好きなのに、言い訳ばかり探して、興味もない化学製品の仕事をしている。


研究職でもないから、給料は低いし。


そして彼女は僕に、溺愛だけを求めてた。僕としているとき、彼女はとてもつまらなそうに窓の向こうを見ていて、「好き」と僕が何度も言わなければすぐに服を着てしまう。


僕の近況について聞くこともなければ、行為が終われば、また数か月連絡がないこともザラだ。


彼女はきっと、これまで男性にされたことを僕にして、どんな気持ちなのか感じたかったんだろう。


それでも僕はよかった。僕みたいな不細工で、過去に最悪なことを何度もしてしまった僕を、少しでも使ってくれるならとてもうれしい。


でも、彼女は性病になったらしく、それからセックスは一切やめたらしい。


僕はそれから、他に熱中できるものを探している。


転職も少し、考えている。




「菅谷はすごいと思うよ」僕は言う。

菅谷は「え?」と言いながらパスタを自分の皿に盛る。

「大学の時から要領のいい人だとは思ってたし、良い感じに大企業行くんだろうなあとは思ってたけど、まさか僕が一番行きたかった企業に行くとは思ってもみなかった」

みんなの表情が少し曇る。


僕は話し続けることにした。

「僕はさ、映画監督になりたかったんだよ。中学生の時も高校生の時も、そう思ってて。でもずっと、才能のある人がなるものだと思って、何か10分くらいのショートフィルムを作ってみようと思っても、自分でストッパーをかけて、その分、その気晴らしに、つぶしのきく学校の勉強をめっちゃやってた」


「コッシーは大学の成績GPA3.8で、教授からよく褒められてたよな。その気晴らしの勉強がすごすぎるんよ」福辺が言う。「ガチ?」と田口が言った。


「でもさ、大学くらいで思うんだよね。返さなくていい奨学金もらえるほど、けっこう勉強できてもさ、やっぱ好きなことして生きていきたいって。たとえ作り手側のプロにはなれなくてもね。それで、趣味として仕事終わりや休日にアマチュアで映画を撮るか、それか作り手のサポートに回る業界人になるか、どっちかが現実的って思ったわけ。それで、趣味として頑張っていこうって、映画業界にはチャレンジもせずに、今の化学関係の仕事してんだよね。…でも今考えたら、逃げてたなって思って。受かるわけないって、自分を下に見てさ。だからこそ、菅谷すげえって思うんだよ。好きなことあってもさ、大半の人が挑戦せずに逃げるんだよ。そういう、なんていうんだろう、とりあえず手出してみようっていう気軽さみたいなのは、誰にでもあるものじゃないというか。とにかく僕にはないし、尊敬してるんだよ、けっこう」


ああ、そうか。話してて分かった。僕、まだ映画撮りたいんだ。


やんないとな。


趣味として頑張る方を取ったんだった、僕。


楽しみになってきたな。

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