ラストセッション 逃げ終えた風と真実の海 前編

私から話していいかな。


うん。


…私さ、今、正直…檜佐木さんと付き合ってるのね。


え。


あの、サークルの先輩の人ね。


いや、覚えてるけどさ、檜佐木さん自体は。

でも、まじか。


ごめんね。


別に謝ることじゃないよ。


いや、ゆうくんと付き合ってる時に、何回かしちゃってたから。


ああ。


驚かないの?


いや、驚いてる。


そっか。


聞きたくなかったな、それ。


そうだよね。


あんな人に負けたのか、って、ちょっと思っちゃうな。



いや、ごめん。あんな人とか言って。でも、なんか…


いいよ別に。私だってサークルにいたころは、ああいういかにも男っぽくて、ちょっとバカみたいなタイプ、好きじゃなかったし。



でもけっこう、いいところあってさ、どんどんアプローチ受けるごとに、私のこと、ちゃんと大事にしてくれそうだなって思って、受け入れちゃった。


そっか。


だったら早く振ってくれればよかったとか、言わないの?私、檜佐木さんと浮気してたんだよ。


いや、確かに、そうかもしれないけど。でも、仕方ないときもあるんじゃない。俺のこと、振りづらかったりとかさ。けっこう、望海にべったりだったし、俺。言い出しづらいのは、まあ、わかるよ。




そういうとこ、嫌だったな。


え?


異常に優しく振舞うのは、本物のやさしさじゃないよ。怒りたいときは怒っていいんだよ。


どういうこと?


異常に優しくしてくれるのって、まともな人間関係に思えないんだよね。召使とか犬と話してる気分になっちゃう。


そんな風に思ってたのかよ


ごめんね。でも、それが辛くて、だからって、私に言われて直してほしくもなくて、伝えられなかった。



自分で直してくれて、対等にかかわりあえたら、まだ付き合ってる未来もあったかもね。


それはないよ。


…冷たいね。


俺、望海とその、身体の関係になった時から、ちょっと自分の中での理想の望海と違っちゃったなと思って、気持ちが薄れたんだ。だからどのみち、僕もこの恋愛関係は、長くはもたなかったと思う。


でもそれが素の私だよ。そうやって性欲もあって、可愛くもないのが、素の私なんだよ。人形みたいに扱わないでよ。


そうだよね。


うん。


でもその時は、素の自分なんて見せてほしくなかったんだ。お互い嘘ついても綺麗な状態で日々を、僕のどうしようもない人生で感じられなかった美しい日常を、望海と作りたかったんだ。


え……なんか、その言い方は、ちょっとないかも。私の気持ちが尊重されてない感じ。

…やっぱり、檜佐木さんと違うのはそこなんだよ。素の自分たちで汚くても認め合って、喧嘩したってお互いが心から裸になって、楽しく生きていける。今の美しさだけじゃなくて、子供ができた後とか、将来も想像できる暮らし、そんな日々が私は欲しかったのに。


そっか。


…で、そっちはなんだったの?


ああ、僕の方からの話か。


なんか、でも、なんとなく分かるような気もするけどね。


え、そう、なのかな。


うん。赤羽さんのことでしょ?


え…

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る