田口研 2.0 (2027)
あー、つかれた。
くそうぜー。
目の前にはランニングしている女性。
風が強く、ビニール袋が宙を舞い、車にひかれそうになる。
喫煙所の前で口をわざとらしくふさぐ男子大学生。
「コエちゃん、なんか疲れたなあ」
「う、ああ」
「俺もさあ、人付き合いとかやっぱダメなのよ」
「おお、いがい、だなあ」
「おお。だってもともとミュージシャンよ、俺。孤独な芸術家よ、それこそ」
「そうか」
「こんなさあ、ひったすら交渉とかメール書きまくったりすること、多いし、しかも訪問してお願いしますーなんて頭下げたり、相手の好きなことリサーチしてさ、それ届けてやる気出させたり、たまに引いてみたりさ、飲み会だって出張だって多いし、一人の時間なんてねえしさ」
「ま、まあ、役職てきに、しかたないよ。お、おれには、むりだけど」
「そりゃコエちゃんはそうだろうけどさあ。まあ、翻訳やり続けるってのもやべえ大変だろうけど、ねえ。俺だってコエちゃん側の人間なはずなんだよなあ。最近矯正されてきちまって、でもこのままあっち方面の人間になるの、なんか癪なんだよなあ」
コエちゃんは黒くなった歯を見せて笑い、灰皿にアメスピをぐりぐり押し付けた。
「お、おれだって、高校出て、さいしょは、け、経理だったから、話すのは、す、少なかったけど、今よりは、たいへんだったぞ」
「なるほどな。コエちゃん天才っぽいけどそんな時期もあったんだな」
「だ、だれでもある。そ、それにおれは天才じゃない」
コエちゃんはそう言って、会社に戻った。
俺は2年前、思いのほかYouTubeでうまくいって、とはいっても登録者4万くらいで専業としては小規模だったけど、広告収入も出てきて、案件もあって、ライブに人も入るようになってきた。
でも、そしたら、思わぬところにトラップがあって、ちょうど俺も芽が出たと浮かれてた頃、たまたま知り合った(と俺は勘違いしていた)ほかのインフルエンサーにそそのかされ、ありもしないふしだらな写真を撮られ(というか捏造され)、炎上した。
問題はそこからで、その炎上から過去の女関係やついてきた嘘が、芋づる式に明らかにされ、俺のカオスで人のものとは思えない人間関係の、まあ、4割くらいが明らかにされた。
終わった。そう思った。だからアメリカに、カナダに、台湾にと色々逃げた。弾き語りなんてしつつ、こうやって世界を回って、日本には戻らず暮らしてこうって思った。いやあ、終わってたな、ありゃ。ビザもよくわかんなくて、不法滞在になっちまったし。
そこで突然菅谷から連絡が来て、俺は映画配給会社になぜか滑り込んだ。
あいつが俺のどこを見込んだのかわからないし、それにあいつが困ってる友人を助けるような人格者にも思えなかったし、それに紹介があったとはいえなんで受かったかも、いや、それはおそらくYouTubeをやってたから、そこでSNS運営に向いていると思われて採用されたのか。
でも、じゃあなんで俺は今、字幕制作の副責任者になって、英語もできやしない俺が頭良さそうな奴らを使わなくちゃいけない。でもみんなクセがあって、俺には手が負えないと毎日思う。
まあ、俺だって昔は同級生や教師、親からそう思われ続けてきたとは思うが。
なぜこんなビジネスマンっぽくなったんだろうな、俺は。
まあいいや。給料は悪くないし。嫁になりそうな人もできたし。でも、社内恋愛なんてうまくいくのかねえ。
まあ、いっか。なんとかなるか。
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