赤羽菜月 21g

AくんにもBくんにもCくんにも、そして勇利、虎太郎、網野さんにまで、電話をかけた。


これで全部だ。一体、だれが原因だったのだろう。


今となってはどうでもいい。私が心配していたいわゆる「価値ある将来」なんて、なくなったんだ。いや、最初からなかったのかもしれない。


他に残したことはないだろうか。

どうしようもならないこと以外で、正しくしておけることはないだろうか。


川の流れは速く、車は一台も通っていない。


やるなら今か。


風が強い。長い髪が顔にかかる。朝に洗った時の、シャンプーの匂い。


橋の手すりは赤い。少し怖くなってきた。


息が荒くなってきて、鉄の味がする。


私を救ってくれる人はいなかった。お父さんも、お母さんも、弟も、皆自分のことで精いっぱいだった。恋人や親友は、上を目指して私を追い抜いて行った。


私は、やることなすこと、すべて裏目に出る。


痛い。頭が痛い。もう病院には行きたくない。


なんで私みたいな律儀に頑張ってきた人が、こんな目に合うの。


小さいころは、成績だって上位だった。


どうしてうちにお金がないの。どうしてお父さんは騙されるの。どうして弟は人を殴るの。どうして親友は夢にすがるの。どうして恋人は私に飽きるの。


どうして誰も日常を大切にしないの。


どうして私は体が痛いの。ずっとずっと。


自分の業務がどう役に立つか、わけもわからない事務員をやって、冴えない男と結婚をして、ブスな子供を産んで、それでも可愛い可愛いって言いたい。それで運動会にはお弁当とカメラを持って行って、子供がいじめられているときは、必死に教師やいじめっこに立ち向かって、教育委員会に訴えたりもして、中学受験をしたいなら副業もして、体を壊してもお互い支えながら、時には那須高原なんかに旅行に行って、牧場で乳しぼり体験をして、帰りには娘も息子も寝ちゃって、そうやって幸せに生きていきたかった。


なんでそんなこともできないの。


なんでなの。


小さいころは一等賞で、


一等賞で、


私は、


私は、


いや、みんながもっと、真面目だと思ってた。


みんな卑しく生きないでよ。


私もそうならざるを得ないじゃんよ。


でも向いてないんだよ。


やめてよ。


もうやめる。


さようなら。


もっと誠実な世界で、今度は起こしてよ。

頼むよ。






風が耳を切り裂いて、山は泡のようにぼやけていく。


本当なら手を引っ張って、「何やってるんだお前」って主人公が来て、私、何やってたんだろうって。


そんな役目は、私にはないんだ。





泉から私が起き上がって、私は頭から血を出していて、パレードが開かれている。


パレードの隙間を縫って、一人だけ貧相な見た目の釣り人が私を見つけていて、それは40代のおじさんで、彼の腕はとてもあたたかい。


彼は救急車を呼んでいて。


意識が遠のいていく。


思い出したのは、実家の大掃除。


なんでこんなどうでもいい。


ハハハ。

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