菅谷勇利 3.0 (2030)-最終話-

人生がうまくいってるだって?


そんなことはなかったな。


いまだって、全然。


まだまだひよっこで、どうしようもなくて。


ただ、ユスフさんが転職して、それで僕の責任は増えて、


押しつぶされそうで、毎日死にそうだ。


趣味の一つとして好きだった映画も、今じゃ全然見れてない。


新卒から9年、同じ会社で頑張った。お金も貯まってきた。


そろそろ僕も、ここを巣立つ時なのだろうか。


肩書を見れば、一流企業の若いチームリーダー、成功しているように見えなくもない。


うちに入った田口からは、なぜか尊敬されているし、仲間内だけで小規模で行われたあいつの結婚式でも、僕について涙を流しながら語っていた。命の恩人だって。


でも紹介しただけで、面白そうだし炎上してたからこそSNS運用の怖さ知ってるだろうとパッと思ってテキトーに上司に話してみただけなんだけど、結局翻訳チームのリーダーまでなれたのは、あいつ自身の努力なんだよな。


だからさ、僕って最近、すごいとか言われることがたまにあるけど、なにもしてはいないんだよな。


今、楽しいか?


うーん。


まあまあかな。でも忙しくてつらいよなあ。


転職するなら同じ業界になるのかなあ。1,2年くらい大学院行ってもいいなあ、バイトとかしつつ。


悩むなあ。


あー、でもなんか最近恋愛で全然悩まないな。性欲もないし。


なんか、思ったよりどうでもいいし、好きなんて感情も必須じゃなかったのかもな、僕の人生には。


10年前とはまるで別人だな。


そういえば、なんだかずっと前にいた、自分の中の誰かは、いなくなってしまったのか。


最近その研究を自分で進めていて、人生の中で大学にいた後半の数年と、社会人になった最初の年、その時あたり、明らかに記憶が抜け落ちている部分があることに気づいた。


「あら、ソロキャンですか」と、見ず知らずのおじさんが話しかけてきた。


「ああ、そうなんです。いいですよね、ここ」と僕は言った。


彼と少し話し、仲良くなり、日本酒を飲んだ。


目の前に見える竹林は美しく、日本酒はそれにぴったりだった。


「ああ、来た来た。ナツ、ユーリ、こっちこっち」


「え」


「え」


赤羽菜月だ。彼女はすっかり元気そうな見た目になって、けっこう太ったか。隣には僕と同年代くらいのスラッとした青年。


死んだと、聞いていたけど、元気そうでよかった。


「久しぶり」と僕が言うと、

「なんでい、知り合いけえ?」とおじさん、もといオオバさんは言った。


僕は彼女の人生について、何があって、どうやってこの好青年と知り合ったか、細かく聞いた。彼女も僕の人生について細かく聞き、オオバさんとユーリさんは、それを聞きながら、笑ってしまっていた。


元気そうでよかった。僕らはそう思った。に違いない。


「で、そのもう一人の自分ってやつは、いまはいないんか」オオバさんは赤くなった顔を僕に近づけて訊いた。


「うーん、そうなんですよねえ。嘘みたいな話でしょうけど、なんか、いたんですよねえ、あの時は」

「ほえー」


「ア、ボクもいたことありまス」

「え?」

「イマジナリーフレンド。悩みがあると、それはフツウのこと。」


「ふ、普通じゃないでしょ」と菜月は笑った。


「忘れてイイ。それは人生のワンページ」ユーリさんは言って、日本酒をぐっと飲んだ。

「そんな日本語どこで勉強したの」

「ドラマ」


はあ、なんか。


また月曜から頑張るかあ。


転職は、死にそうになったら、いや、それじゃ遅いか、次しんどくて壁殴ったら、その時にするか。


ふー。


今は、グレーだなあ。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る