檜佐木淮一 2.0 (2029)
理想だった結婚生活というのは、たしかに実現できて、でも1年以上もたつと、俺らは俺の精子を憎むようになった。
子供ができない。
俺は子供がほしい。男としては、少し珍しいほど、子供を持ちたい欲が強い。
でも、望海の方がもっと強くて、毎日泣いてる。
「ごめんな」
「あやまらないで」
「いや、でも」
いってきます
家を出て、少し道を歩くと、なぜか息子と手を握っている映像が浮かぶ。
いないんだよなあ、俺にはまだ。養子とかってどうなんだろう、体外受精は?代理出産は?というのも、不妊治療はもう正直疲れた。俺には、多分才能がないんだ。
そもそも子作りの才能ってなんだよ。聞いたことないよそんなの。
電車に乗って、WEBサイトを見ていると、検索履歴から最適化された広告が出てくる。アソコを大きくする薬。意味ないんだよなあ、中にある種が足りないんだから。
会社に行くと、もう30代を超えた俺には部下が何人かいて、ただぼーっと座っていると、社内ツールどう使うとか、メールの書き方がどうとか、質問ばかりだ。
もう子供がいる上司は、そういうの、余裕をもって答えている気がする。
なんだ俺は。まったく集中できないな、最近。
人生って何だったんだっけな。別に、自分ひとりで叶えたいものもないし、大学の時から好きな望海と、ただ家庭を築いて、
ただ?俺なんか、自分の人生の目標を、人より質素で高潔だとでも思ってんのかな。
いやあ、なんか真面目過ぎんのかなあ、自分のこういう部分を考えたりして。
家に帰ると、望海が「おかえりー」と言った。
二人でワインを飲みながら、19時、4階の部屋から見える近くの美術館を見る。そこには噴水があり、ライトアップされており、毎日この建物のおかげで、ロマンチックな気持ちになれなくもない。たいしてオーシャンビューもないし、高層階でもないが。
「俺さあ、やっぱ子供のことについては、厳しいかもしれない。もう治療、けっこうやってるけど、うまくいかないじゃん」
「うん」
「養子とかで、うん、その方が二人の幸せのためになると思う。もちろん人工授精だって、まだ可能性は少しあるわけだけど」
「いやだ。私はあなたとの子供を普通に産みたい」
普通?なんだよ普通って。
「べつに養子だっておかしな選択肢じゃない。愛があって、育てていくんだよ。別に今の時代、男女二人で自然妊娠で子供を授かるとか、それだけが主流ってわけじゃないだろ。それに普通ってよく望海は言うけど、俺らだけの、俺らの中だけでのさ、なんていうか、世界っていうか、この、宇宙っていうかさ、そっちをもっと、大事にしようよ」
「いやだよ」
「いやってそんな、な、なんで」
離婚だけは嫌だ。
ああ、こんな気分になりたくない。明日はまだ仕事あるんだ。こんな気持ちで終えたくない。
「私、また明日考える。明日にはまた、何か考えられるようになってるから。今日はゴメン」
シャワーを浴びる中で、思った。
想像してた30代って、もっと完璧なんだ。俺は大学も出たし、好きな人と結ばれたし、収入がある程度ある、子供2人との、東京での暮らし。
俺はよく、菅谷とかいうめちゃくちゃ嫌いだった大学時代の男を思い出す。
俺はあんな人生を送りたくなかった。破滅的で、どこか芸術家気取りで、なめやがって。あんな奴になびいてた望海のことも、あの時は少し嫌いだった、
俺はそうはならないと決めていた。真面目に働いて真面目に家族サービスをして、最後は森の中で暮らして、真面目に死んでいく。浮いた話はなく、妻や子供たちに看取られながら、安心できる葬式を大規模で行い、自分の骨を孫が拾って、その孫はなんだかその場の雰囲気をわかっていなくて、骨をのぞき込んだりするわけだ。それを娘や息子が止めて、なにやってるの!って。
そんな様子を上から見ながら、成仏していくんだ。
菅谷にそんなことは不可能だろう。一人でどこか繁華街なり海外なりで、のたれじんでいくだろう。
まあ、いいんだ。いいんだそんな他人のことは。
俺はただ、今日みたいなことは起きないと思っていたし、もしこれが人生の一部を切り取った小説だったら、絶対にここだけは使わないでくれって感じのシーンを、最近は続けざまに体験していて、そんな俺を俺はあんまり好きではない。
人生ってなんなんだろうな。案外、未来には肯定的だけど、25歳あたりが一番幸せだったのかなあ。
いやいや、やめろこんなこと考えるの。いやいやいや。まだまだこれからだろ。
一緒に頑張ろう。望海。俺は、俺も明日考えよう。今日の俺、なんかかっこ悪いんだ。そんな日もあるだろ。
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