菅谷勇利3
夏だから18時でもまだ夕日が落ちず、電気を消しても彼女の部屋のすべてが丸見えだ。別に見てはいけないものがあるわけではないが、もう会うこともない軽い相手の部屋は、他の男性の匂いや空気が漂っていて、見るに堪えない。
僕はそんなことをいちいち考える人間ではなかったのだが。
望海としばらく付き合っていて、その他に誰とも交わらなかった期間が長いから、真人間が感じるような軽率な性に対する不快感や不信感を、今は持てているのかもしれない。
それは少しうれしい。
-あ~あ~あ~あ~-
"ゆいさん"の体は想像していたより男性に好かれるもので、シンプルに胸が大きく腹は引き締まっている。ただ、どうも望海と別れてしまったことで女性に対しての興奮が僕はうまくできていない。もちろん、視覚的には興奮する要素はあるため、アレは機能しているわけだが。
「スガくん、私あんまり人、部屋によばないんですよ?」
「そうなんだ」
「スガくんってこのアプリやってるくせにあんまり遊んでなさそうだから、可愛くてそそるんだよねー」
”ゆいさん”は僕の背中に手を這わせて、次第に腰へ行き、わざとらしく臀部を鷲掴んだ。まるでセクハラをする男のようなしぐさだった。
「でも、このアプリやってるくせにって…別に普通のマッチングアプリじゃん。全員がヤる相手を探してるわけじゃないでしょ。恋人探しとかもさ」
「いや~、分かってないよ。こんなの登録しちゃう人、もれなく全員盛ってますよ。恋愛と性欲なんて大差ないし。女の子だって同じですよ。隠してる人もいるだろうけど」
それは間違っていると思う。あんたみたいな貞操観念狂った人間になってしまったら、みんなそういう結論に至るだけ、という話だ。きっと、薬物やたばこ、ギャンブルなんかと大差のない話だよ。味を一生知らなければ、そうはならない。
実際、望海はあんたみたいな発想を微塵も持っていなかった。
-そうかねえ?-
「ん~、私、もう我慢できないかも」
-あ~あ~あ~あ~。なんだこのエロ漫画みたいな女は…-
~10時間後~
レースカーテンからまばらに朝日が降り注ぐ。
"ゆいさん"の整っていない顔に日光があたり、そののっぺりした顔がどこか神聖なものに思える。
-望海と別れてからすぐこれか…なんか気持ち悪いな、ぼくちん-
「おはよー、スガくん」
彼女がベッドから起き、僕の体をまたいでキッチンへ急いだ。
彼女はビスケットを棚から取り出し、ピンク色のコップでうがいを一度した後にビスケットをぼりぼりと食べ始めた。裸のままだ。
「スガくん、今日もう帰るでしょ?」
「うん」
「お、よかった。私も今日、友達来るからさ」
僕は早々と着替えて、靴を履いた。
そうしてドアノブに手をかけた瞬間、もう帰る/消える瞬間、もったいないと感じた。
これまでマッチングアプリや大学で経験してきた女とは、どうも今回の”ゆいさん”があまりに異なるため、好奇心からいろいろなことを聞きたくなった。もしくは、僕が過去の経験を、純朴な望海のおかげで忘れているだけかもしれないが。
「僕たち、もう会わないよね?」
「え?」
「いや、なんか、こういうのって、一回だけのそういうやつだよね?」
ゆいさんが「うん」と僕の方を見て言った後、ビスケットを食べる手を止め、「ちょっと待ってて」と言った。
彼女は椅子の上にぞんざいに置かれた白いキャミソールを着て、僕のいる玄関に歩み寄った。
「好きになっちゃった?」そう彼女は訊いた。
-勘違いもいいとこだな-
うん。
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