菅谷勇利2.1

初めて有休を取った。


思えば僕は入社してから半年、健康体であまりに勤勉で、夏季休暇とワクチン接種以外一度休んでいない。

だからこそ一昨日、僕が有休を取ると上長に言ったら、「やっとか、気を張り詰めすぎじゃないかと心配だったんだよ、ゆっくり休みな」と言われた。


たしかに、僕はなにをそんな頑なに仕事に打ち込んでいたのだろう。

もちろんこれからも真剣に打ち込むが、せっかく好きな場所で良い環境にいるのに、自分の持つ権利を放棄してまで追い込んで楽しいか。


自分がせっかく持っている幸せはどこまでも最大化させたい。


いや、好きでいい場所だからこそ、せめて自分には厳しくしようなんて思ってたのかな。


思えば2年前あたりから僕は、自分に厳しかった。

体を壊す前にそろそろスローダウンしてノスタルジーとチルを生活に溶かそう。




「よー、菅谷。まじで久しぶりだな」


僕がボロアパートのインターホンを押すと、福辺が出てきてそう言った。


「おお」と僕はニヤッと笑って言った。


福辺ふくべの借りてる部屋は狭い。なぜここに集まってしまったのか。

まあ4人しかいないから大丈夫か。


僕は買ってきた4人分のたこ焼きを机に置いた。


すると、なじみの面々が僕を見て少し驚いた。

「お前来るとは思わなかったわー」

「わかる。4年の時から全然会わなかったもんな」


懐かしい。同じ学科で、課題やテストの時だけ協力し合っていたこのグループ。

全員、自己中で人当たりは悪い。


俺に女遊びやマッチングアプリを教えた福辺。

海外旅行と音楽活動ばかりして就活をしなかった田口。

俺よりも映画が好きでこの中では一番勉強のできる小清水こしみず

映画事業会社に受かってからこいつらとの連絡を減らした僕。


「なんかちょっと社会人っぽくなっちゃったな」

田口が僕に言った。

「みんなそんもんだろ」

僕が言うと、ハハハと言って小清水がお茶を飲んだ。


そう、この4人の良いところは、酒はやらないところだ。健康に悪いからやらない奴もいれば、女を酔わすこと以外でアルコールを使うのは無駄と言い張る奴もいる。


とにかく、酒ばかりやってそうな人間性の4人が、飲める体質のくせに会うときは毎回しらふだったというのが、俺は好きだった。


福辺がトマトを煮るところから作ったボロネーゼを机の真ん中に置き、その後僕ら4人に小皿用と思われる紙皿を配った。


「ちょっと!」と小清水が言った。

見ると、田口が自分の前に置かれたフォークで大皿のボロネーゼを直接口に運んでいた。

「いや、いいじゃんまだなんにも口付けてないんだし」

田口は咀嚼そしゃくしつつそういった。


「だめだよ。コロナやばいんだから。緊急事態宣言出てる中でこんなとこ集まるのもやばいんだから、せめてそういうとこは気を付けよう」

彼らしい、真面目な意見だった。その通りだ。


福辺はハハハと余裕な笑いを見せて、「そういやみんなワクチン打った?」と3人に訊いた。


「僕は職域でもう打ったよ」と小清水が言い、

「俺も俺も」と僕は言った。

「俺はまだ1回しかやってないわ」と田口が言い、

「俺は自治体のでもう2回打ち終わった」と福辺は言った。


「え、職域やんなかったの?」と僕が福辺に訊くと、


場の空気が凍り付いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る