ユスフ・ジェイコブ 2.0 (2020)

I realized, Japan is such a boring country.

You know, when I came here at the first time, I thought this experiense could be one of the best achievement in my life, but...I don't know.


日本には、もう飽きた。


映画の仕事はイギリスでやることとあまり変わりないし、日本の文化も最初は楽しかったが、慣れてしまえば日常になって刺激もない。Covid-19のSoft-lockdownで家からも出れず、好きな奈良や北海道にも行けない。


あ、リモート会議の通知が来ている。


「はい、ジェイコブです」


「お疲れ様です。人事部の金子です。早速なんですが、あー、それでは、ジェイコブさん、ご準備よろしいですか」


「What?」


「いえ、ですから、二次面接の面接官をお願いいたします」


「ああ、面接、ジョブインタビューですね」


「はい、もうあと1分程度でこちらのオンライン会議室に学生が入りますので、ご質問など、自由にお願いいたします。あとは、面接が終わりましたら、先ほど送付した学生のチェックシートへのご記入も忘れずにお願いいたします」


チェックシート、日本のJob huntingではこんなものが使われている。毎回嫌になる。


志望動機の正当性、業務理解度、業界理解度、学生時代の経験値、常識力、礼儀、身だしなみ。


こんなもの、どうでもいいと思う。


結局、一緒に働いていくイメージがつくかどうか、あとは特別な能力があるかどうかだな。日本では、英語が話せるなども、その特別な能力にまだ入るのかな。とにかく、礼儀や志望動機なんて僕にはどうでもイイな。


「あ、それでは学生の方、入られます。会議参加、承認いたしますので、よろしくお願いいたします」


-菅谷勇利が入室しました-


「あ、本日は、よろしくお願いします。立教館大学の菅谷勇利と申します」


「よろしく」


「よろしくお願いします、菅谷さん。えーとですね、私、人事部の金子と申します。そしてですね、本日は弊社の映画買い付け部門でチームリーダーしておられますユスフ・ジェイコブさんにもお越しいただきまして、えー、菅谷さんの学生時代のことであったりとか、弊社と菅谷さんの目指すところが合致するかという部分であったりを、えー、堅苦しくならずですね、面接というより面談のような形でですね、お聞きできればと思います。あらためて、よろしくお願いしますー」


テイケイブン。


「よ、よろしくお願いします」


菅谷勇利。一応、エントリーシートには目を通した。採用された場合、僕のチームに入る予定らしい。


この会社は日本でもチメイドが高いため、応募者はほかにも数千人いる。そこから筆記試験や人事部との一次面接で絞られて、会社側で入社予定部署が振り分けられて、僕のチームへ二次面接で上がってきた応募者は20人。採用されるのは一人だけ。これまで14人とメンセツしてきた。


面接した誰もが映画を作りたいことを隠して、妥協して配給会社のビジネス側に応募し続けている、高学歴の映画スキ人間。


会社が欲しいのは映画に情熱を注げる人間かもしれないし、そういう人がジッサイに社内に多いけど、そして僕もそうだけど、でも僕が欲しいのはそんな奴ではない。


だからこそ、映画のことをあまり書いていないこのスガヤクンのエントリーシートは嫌いではない。


「スガヤクン、こんにちは。ジェイコブです。ガイジンでごめんね。でも日本語は十分だから、心配せずに。まあ、いざとなれば金子さんに通訳してもらいます。よろしく」

「ジェイコブさん、そんなご冗談を。僕、英語無理ですよ」

「ハハハ」


それじゃあ、始めよう。


「スガヤクン、うちの会社の映画、何が好き?」


「ああ、そうですね、『UFO&オレンジ』がすごい好きです」


「いいよね、あれ。ジョディ役のケイラ・ウィングがいい味を出してたね。ストーリーは小説とは違う結末だけど、ちゃんと映像として人気が出るように工夫されテタ」


10分ほど、雑談をした。映画や彼の学生時代について。予想通り、映画には没頭しておらず、趣味の一つとして楽しんでいる程度の理解力だった。


しかし、映画好き至上主義の人事部が彼を通したのも頷ける。話を合わせるのがうまい。うちの映画のファンだとサッカクさせられる。まあ、実際現場で映画を選んでいる僕には、そういった嘘は通用しないけど、それでもすごい。


普通、ニンゲンは話を無理に相手に合わせるとホコロビがでる。でも彼には出ない。まるで彼の中に、自分を客観視するもう一人の自分がいるみたいだ。学生らしく緊張が感じられるくせに、発言はどこか冷静で無駄がない。


興味が出てきた。映画好きという外側というより、まるで映画の主人公のような奴だ。


これまで考えもしなかった。有能な奴でもなく、映画好きでもなく、主人公のような奴を採用すること。


このスガヤ自身は気づいていないんだろうな、自分が非凡な人間であるということに。いかに多くの人間が、脇役としてこの21世紀の日本にtypification、ルイケイカされてしまうということか。いかに個性的という言葉を超えて、自分の世界を構築しつつ、且つ病気として入院をせず社会生活を送ることが難しいか。


これは採用したいな。


最後に、決め手の質問をしよう。僕が24歳の時、映画業界に入る時にされた質問だ。


「スガヤクン、最後の質問になるけど、僕の悩み、聞いてもらえるか」


「え、悩みですか」


「うん。そう。ダメ?」


「いえ、良いですけど」


「ジェイコブさん、そういった質問はできれば…」

「いや、金子さん、これも採用にかかわる。ゼヒ」

「わ、わかりました」


「というのも、僕、最近苛立つんだ。仕事はうまくいっているんだけど、パートナーが僕に接する態度が耐えられない。ああ、僕はゲイで、日本人のパートナーがいるんだけど、彼はホントーに素晴らしい。でも親に僕を見せない。僕は、自分の親にはゲイと打ち明けていて、皆認めていて、円満の状態でイギリスから日本に来て、彼とコウサイしてる。でも彼は自分の中でまだ、LGBTQであることに迷いや恥を感じているように思う。だから親に僕を紹介しない。もうお互い35歳なのに。だから僕はそれが耐えられナイ。一緒のスピードで歩いている感じがしない。それで我慢できなくなって、コレは面接の場で言うは良くないですが、他の男性とカンケイを持ちました。僕は彼を好きなことに疲れました。だから、ザイアクカンももういっぱいだし、もう彼とは終わりにしようと思います。でも、デモね、彼はホントーに素晴らしい人で、僕が彼の、彼ジブンのLGBTQの理解を待てば、もしかしたらハッピーなライフが待っているかもしれない。でも僕は、それに何年も何十年も待つかもしれない。どっちがいいかな。スガヤクンなら、このまま別れるか、それとも彼を待ってコウサイするか、どちらかな」


「…そうですね、あくまで僕の個人的な意見ですが…うーん…多分、重要なポイントは、彼を好きなことに疲れたっていうところだと思います。そしてほかの男性と関係を持ったということ。ここが話の中で引っかかります。LGBTQの方々の性欲が男から女に向くものとどう違うか、僕にはわからないのですが、もしその男性と会った理由が、その人への好意じゃなく性欲や寂しいという感情で、だから、その浮気相手に対して何の感情もなくて、そして彼のことを好きな状態で性行為をしたのなら、それは多分、彼を好きなことに疲れたっていうのは、そうやって彼を裏切ってしまったために、自分が心の奥で作り出した言い訳なんだと思います。その、親の話や彼の性への認識の話も、理由付けに過ぎないのかなあ、と。…まあ、僕は正直、あんまり純愛って信じてなくて、いくら良いパートナーがいても、肉体的に、精神的に、他の人を求める時があるのは仕方ないと思います。でも、人間ってそこまでうまくできていないから、そうやって本能的に求めるくせに、自分のしてしまった浮気に対して、何か理由をつけるんだと思います。彼女とは純白でプラトニックな恋愛をして、非現実的な世界へ行きたいとか、だから彼女は傷つけたくないけど、自分はその純白には耐えられなくて汚れようとするとか、そういうこと。だから僕は、ジェイコブさんは別に彼を好きでいることに疲れていなくて、けっこうずっと好きで、ただ、してしまった浮気行為をどう自分の中で解釈するか、そしてパートナーにどう伝えるか、もしくは伝えないかの問題だと思います。すみません、なんか、答えになってない、ですよね。でも、あくまで僕は、そう思った、ということです。すみません、なんか、失礼なこと申し上げてしまっていたら…」


「いいや、いいよ」


ああ、本当にそうだ。彼は僕の気持ちを理解している。


これは、彼の共感力が高いのか?それとも彼も同じような経験をしているからそんな返答ができるのか。


どちらにせよ、僕にとって価値のある返答だ。これが運だったとしても、価値のある運であり、能力であればそれはもちろん価値のある能力だ。


やはり自分の悩みを打ち明けて、解決方法を考えてもらい、それが有益なものなら面接を通過させるというシュホウは、とてもリにかなってる。


とりあえず、二次面接は通過させよう。


というか、彼のことを日本支部長に推薦しておこう。ちょうど数日後にオンライン飲み会がある。


彼と働けるのが楽しみだ。


ああ、しかし、そうだな。僕はやはり正直に打ち明けてみるか。正面からぶつかってみるか。


とは、ならないんだけどね。たしかにスガヤクンの推測はいい線いっている。ストーリーとして僕の胸にもササル。が、ボクは浮気のような重大で打ち明けなければならないことでも、彼には言わない。


お互いに距離を保ち、正直でいたい部分は正直で、でもそれ以外では嘘にまみれている、そんな妖艶な愛というのも、存在すると思うからね。


スガヤクンには申し訳ないが、僕のようなタイプもいるというコトだ。


しかし、それを差し引いても、彼のスピーチには聞きごたえがあり、とても勉強になった。


こんな情緒的な学生がJob interviewに来るのなら、日本で暮らすのもまだ、捨てたものではないかもしれない。

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