福辺仁之助 2.0 (2025)
物語では、よく仕事が省略される。
土日や仕事終わりの人間関係にフォーカスされて、仕事のシーンなんてものによっちゃ数秒で終わる。
仕事はつまらん。
でもたまには面白いときだってある。あ、そうか。そういうとこだけ抜き出されるのか。
たしかに。あ、この映画でもそうだ。面白いな、思ったより。
4時間後
「久しぶりー」
「うす」
「うす」
「あれ、田口は」
「あーー、なんか、日本にいないらしいよ」
「へーどこいったんだろ」
「いや、知らない」
「ああ」
「ていうか、映画めっちゃ良かったよ」
「ほんとにね」
「まじか、ありがとう」
居酒屋では出演者や製作スタッフ、またそれぞれの仲良い人たちが50名くらい集まっていて、よく知らないけど、多分貸し切りにしている。
「でもほんと、俺泣いちゃってさ」
と、菅谷は言った。
「まじで」とコッシーは喜ぶ。少し酔っぱらっていて、そしてなぜか中腰。あ、そうか。監督で忙しいから、この席には少ししかいれないんだろう。周りを見ると、彼のことを指さして何か話している人もいたり、主演の子も人気だけど、打ち上げにおいて監督も主役みたいなものなんだろう。
「わかるんだよね、ああいうの。こう、若者の群像劇っていうかさ、情けないんだけど、ちょっと成長していくというか。何か大きな出来事が起きるわけじゃないんだけど、うん」
「そっか」
俺もそういった作品は好きだし、自分もそういった成長を経験してきた。それこそ、ここにいるコッシーや菅谷には分からない急降下や急上昇があったかもしれない。
「俺も好きだな、こういうの」
「へえ、意外だな」
「みんな言うよな、それ。俺ってそんなアクションとかSFとか好きでもないのに、むしろこういう人間ドラマ好きなのになあ」
「まあ、見た目が陽キャラっぽいからじゃない?」
僕は昔から、見た目で得をすることが多かった。それも、就活がうまく行かなかった二十歳当たりまでか。
それからは大変で、北海道に帰ってからバイト生活をして、でもけっこう仕事が辛くて、でもみんな就職して頑張ったりしている中、一日の勤務時間が短く責任も薄いバイトでつらいなんていつもいつも感じてる自分が情けなくてな。
余裕がなくて、かっこつけることもできなくて、夜は酒ばっか飲んで、実家から遠くのホテルに泊まってデリヘル呼んだりとか、興味もなかったパチスロにのめりこんだり、気づいたら何キロか太ってて、兄弟からはかわいそうなものを見る目で、あいつらは家庭を持ってて、なんか美しくて。
「でもほんと、小清水はリーマンの星だな」
「うーん、そういってもらえると嬉しいけど、僕はリーマンとしてはダメダメだからなあ」
「そうかあ?スケジュールとかに厳しそうだから、めっちゃうまくやってそうなイメージあるけどなあ」と菅谷は言った。
たしかにコッシーは責任感もありそうだし、仕事もできないわけではないんだろうけど、社内政治を理解したり、後輩らしさを全開にして機嫌をとったりとか、そういうのできなそうだよな。菅谷は、なんだかんだで傷つきつつも、うまくはなくても気合で乗り越えそうだ。コッシーはちょっと、そういうのに潰されて鬱になっていないか心配だったけど、映画製作があるからか、まだ大丈夫そうだ。
「いやあ、マジでだめだよ。現状、収入のために頑張りたいし、やめるつもりもしばらくはないけど、うーん、金貯まってきたらもっと拘束時間少ない塾のバイトとか、そういう方面で生き延びつつ映画撮り続けるのは、アリっちゃアリだなあ」
「監督、こっち来て!こっち来て!俊ちゃん泣いてる!監督と仕事できてよかったってさ!ハハハハハ」
コッシーは出演者の一人である40代くらいの気前が良いおじさんに声をかけられ、そちらに向かった。
居酒屋の隅には俺と菅谷だけが残され、たばことレモンの匂いが薄くただよう空間で、何か穏やかな空気が流れた。
別に、他の奴と仲が悪いわけではないし、菅谷に恋をしているわけでもないし、頻繁に会うわけでもないのだが、こいつとは何か、二人でいても安心で、気を遣わない、そういった空気が勝手に作られる。
「コッシーすげえなあ、ほんとに。あんなタイプじゃないと思ってたんだけどなあ」と菅谷は言った。
「映画もよくできてたしな。まあ、俺はそんな映画、お前らみたいに詳しくないけど」
「いやいや。てか、福辺は最近、あれだっけ、ああ、そう、ゲストハウス運営してるんだっけ」
「うん、そう。北海道の、けっこう北の方。めっちゃ寒いよ」
「へえー。でもなんかゲストハウスっていうか、そういうホテルとかペンション系のオーナーってかっこいいよね」
「俺もそう思ってたんだけどさあ、大変だよ、けっこう」
「まあ何の仕事もなあ。金もらうって大変なことだよなほんとに」
ゲストハウスの経営は、正直きつい日が多い。仕事としてあまり忙しくなくても、このままじゃ利益が危ういと頭を悩ませ、SNSでバズを狙える企画なりを考えたり、レイアウトを変えた方がいいのか、なんでこんな場所に建ててしまったのかなど、色々考えてしまう。まあ、祖父母の持っていた土地を使えたというのは、すごく節約になってよかったのだが。
いろいろあった。死にたいと思うときもあった。でも、やっぱ就活の時の挫折や無職の時、家に帰ってからしばらくの気まずい時間を考えると、ゲストハウスの運営は、それは、人生ではじめてできた、一生をかけて打ち込みたいことだったから、耐えられたんだ。
いいところまできた。本当に人生、いいところまできた。
貧乏だけどな、こいつらと違って。
でもやっぱ不思議だな、あんなに嫌ってた北海道が、家から少し離れてみれば、自分の雰囲気に最高に合っていたなんて。
「あー、てか年末年始、来て大丈夫だった?」
「うん。今、バイト何人か雇ってて。その人らに任してる、俺が休んでる時は」
「へー。バイトいるんだ」
「ほんとは一人でやりたいんだけどね。まあ、バイト雇った方が、いろいろ回るから。それに、お客さん来るときはけっこうバアーっと来るからね。なかなか対応できないよ、一人だと」
「そういうもんかあ」
「うん」
東京から帰ったら、またいつも通りの日々だ。特に観光することもないけど、ゲストハウスでいつも旅人を迎えているからこそ、自分がどこか遠くに行って旅人になるっていうのは、なんだか勉強になるんだよな。どういう心境でみんな宿泊してるかっていうのがさ。
ちょっと幻想的で泣きそうになるんだよな、旅って。旅っていうか、今回はただ、コッシーの映画見に来てるだけなんだけどな。
レモンサワーを飲み干して、俺は少し酔いが回り、意味もなく笑った。笑いがなかなか止まらなくて、けっこう自分、今自然体だなって、そう思えた。
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