杉野結衣 2.0 (2024)

くだらない、と思ってきて、私は婚活をして、この泥にまみれた地獄から抜け出したかった。


けど、結局思いつくのが、婚活って、なんかもう救いようがないって思ってしまった。


一人でできる趣味がないわけじゃないし、結婚も出産も恋愛すらもない生活は、想像できる。カフェに友達と行ったり、たまにはクラブでハジけたり、いや、これはだめか。徹底的にさ、一夜の関係を望む男が寄ってくるような機会は減らさないと。別に、クラブに行ったからって絶対そういうことになるってわけじゃないけど。


だから、カフェとか、美術館とか、お金をためて海外旅行したり、月一くらいで実家に帰って、お母さんと買い物に行くのもいいかもね。


簡単に言うとさ、もう終わりにしたいんだよ。朝起きると、涙がこぼれてきて、カーテンから見える太陽が綺麗って思えないのは。男の栗の花みたいな匂いと、香水や化粧のない、女よりも人間に近い匂い。


「じゃあ俺帰るわあ」

「うん」

「あ、ちょっとまって。これって、もう次は会わないやつ?」

「え、なんで?」

「いや、なんか、辛そうだし、正直全然マグロだったじゃん」

「ああ…うん」


この人は、私がくだらない夜を過ごした最後の人。


そういう歴史をつくろう。もう、デートするアプリも婚活アプリも、広告増えて有名になりすぎて男がめちゃくちゃ増えてしまったし、今ここにいるような、つけあがったイケメンも増えたし。


昔はセックスが好きで、あんまりかっこよくないけど憂いの表情を持ってる人とか、あとはドSっぽい人とか、あとはホームレスみたいにフラフラしてる年下の子とか、いろんなタイプをいろんな時期でそれぞれ好きだった。なんか男の人の、安定してて自由に羽ばたいてて、でも苦しそうな表情が可愛くて、なにかあげたかった。


まあ、そういうのって私にまとわりつく変な人にも良くしちゃうってことだから、ここ数年はなんか、イケメンが一番手っ取り早いし慣れてるから、あとくされないし、それでいいやって思ってしまってて。もちろん、好きな人がいる時は、こんなことしたいとも思わないんだけど。


あれ、でも、こんなこと好きな人がいないときでも、しないほうがいいんだね、やっぱり。やばい、泣きそう。


「じゃあ、もう行くね。楽しかった」

「うん。ありがとう」


最後にキスをしてきた。ここで、あまり女慣れしていないかわいい子は、スイッチが入ってきて朝からもう一回戦をする。


そんなことがないのも、最近は安心だけど、寂しいし。


いや、もう、ラトビアに行こう。

昔からなんか、ラトビアという国に行きたかった。たしか九州に旅行に行って、テキトーに入ったギャラリーでお父さんがラトビアの絵をずっと見ていて、これ20万もするのか、俺には無理だなあ、そう言ったお父さんのくしゃっとした笑顔と、森の中にある三軒の、オレンジ色のファンタジーらしい民家を覚えている。聖ヨハネ教会のような観光地じゃなくて、それは多分ギャラリーのオーナーが旅をして、たまたま見た景色だったんだろう。私にはそこが、その髭を蓄えたオーナーの様子も含めて、小さな会社であくせく働くお父さんも含めて、私が将来目指すべきファンタジーなんだと、そう思った。

でもお金がなかったり、海外って怖かったり、仕事が忙しかったり、なんかの理由を作って、日常の中で小さい刺激や楽しみを見つけて、2週間くらいの大きめの旅行を避けてた。


多分、友達も来てくれるかな。


もちろん男は呼ばないし、なんなら一人旅でもいいかな。でもそれはちょっと怖いか。お金持ちで暇そうな女の子、何人か誘ってみようかな。楽しみになってきた。


「ねえ、婚活アプリってこうやって使うもんじゃないよねえ?」

あ、やばい、大きい声出しちゃった。


窓は開けっぱなし。男はもうドアの向こう側。


「死ね、ゴミ!」


青空が気持ちいい。男はアパートの前の小道で、ぎょっとしていた。すらっとした178cmの、女たらしの余裕ある一流企業勤務の男が、自称高校時代バスケでインターハイ出場経験ある男が、私を見てうろたえている。勝った。

ラトビアに行こう。


一旦、外から自分を眺めて、日本に帰ってきて、それはまるで学生が卒業制作で作るショートムービーみたいな、ご都合主義で少しニヒルで、気取っている感じのイイ人生をこれから送りたいんだ。


そのくらい、今は白。

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