小清水虎太郎 2.0 (2023)

カット。


「甲原さん、その声のトーンは違うかも」

「え?」


聞こえる。


またかよ。調子乗んな。


そんな皆の声が聞こえる。


「なんていうか、その役は自分のことをお姫様だと思ってて、でも現実は親に迷惑をかけているニート。ファンタジーの世界に入り込んじゃってるんだけど、頭の中では時々、このままじゃいけないっていう葛藤が少しはあるはずなんだよね。それを表現できないと意味がないよ」


「…はい」


「じゃあもう一回」




家に帰ると、だいぶ疲弊している。


こんなにつらい時期は、もうないと思ってた。


中学校の時にいじめを受けていて、その時に比べたら僕はなんでも耐えられるって、そう思ってた。


今は夢の実現に一歩一歩頑張っている状態なのに、なぜこんなつらいんだろう。




朝、会社に行くと、また僕のメールボックスには多くの質問や提案がたまっていた。


「おい小清水!お前まだ営業資料あげてねえだろ。どんだけかかってんだよ」


頭がぐるっと回る。


「あー、はい。すみません」


「すみませんじゃねえよ。お前謝ればいいと思ってんだろ。仕事で示せよ。ガキじゃないんだから」


もうだめかもしれない。


気づいたら昼休みになって、そして嫌な目線を感じ続けるうちに夜になっていた。


今日も仕事が残った。


それでも僕は帰る。


-なあ、いい加減普通になってくれないか-

-普通って何-

-普通って、そりゃ仕事して、結婚して、たまには旅行したり、そういうことだろ-

-私が仕事も結婚もせず家にずっといるのがそんなに変なの-

-そりゃあ変だし、迷惑なんだよ。俺も、迅も母さんもな、もっと良い暮らしができるんだよ、お前が変わってくれれば-

-私はネットでは上手くいってるの。…もう少し経てば、お金もたくさん入って…-

-それ、何年前から言ってんだよ-


セリフを書き続けている。僕は、仕事なんかよりこっちの方がずっと大事だ。


このまま眠りにつきたくない。ずっと書き続けていたい。


アマチュアで金にならなくても、僕はやっぱりクリエイターだ。


なんとかしてこのつまらない仕事と闘志の燃え続ける監督もどきの終わらない地獄から抜け出して、早く一つに絞りたい。


夢があった方が人生が明るいなんて、詭弁だ。


どうせ夢を持たせるなら、それに見合った才能も一緒にくれよ。


ってね。


そんな悲しくて情けない葛藤すら、僕は自分の作品に取り入れてしまうんだ。


これがなかなか、やめられない。


またセリフや役者の表情を考えていると、頭がぐにっと曲がる。

この現実と創作の境目がなくなる瞬間に、僕は酔っているのかもしれない。


ああ、早く夢が完全に破れるか、夢が完全に叶うか、どちらかにたどり着きたい。


もしくは、このあいまいなまま死ぬまでこれをつづけるのかな。


だとしたら、生き地獄なんじゃないか。

まあ、それすらも創作には落とし込めるけどさ。


やるしかないか。やれるところまで。

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