田口研 独白
こっから見える雨は、意外と芸術的だ。
窓から見えるブロック塀がどんどん濡れていき、灰色が黒に変わっていく。
曲が書きたい。
思えば、最近何を見ても曲が浮かんでくる。
なぜかはわかる。
フラストレーションがたまっているからだ。
また"誰にも話せないけど世の中の誰かには伝えたいこと"が溜まってきたんだ。
俺はこれでも結構詩人で、自分のとんでもねえ経験を色んな手法で抽象的な歌詞に落とし込めんできた。
驚くだろうな、俺がそんな芸当できるなんて知ったら。
多分、皆は俺のことをけっこうピュアな奴だって思ってるだろうし。
全然ちがうんだけどな。
まあ、かといって人殺したり、前科があるわけでもないけど。
むしろ恥ずかしいタイプの悪行を重ねてきた。
例えば、自分より弱くて文句言わなそうな奴だけを、皆からばれないように殴ったりこき使ったり、ひたすら優しくて馬鹿な親には、起業して失敗したとか嘘を並べて俺に金を出させ続けてる。マッチングアプリを通して自己肯定感の低いブスだけを選んで楽に浮気を何度もしていた。彼女は5年付き合っててそれを知らない。マッチングアプリだけじゃなく、素性を隠して脅迫しまくって知らない奴で性欲発散するなんてよくあることだった。音楽性が近くて同族嫌悪を感じる奴には匿名で悪口を書きまくって評判を落としたり、大学にバレたら退学になることも何度もしてた。
俺はそういう笑っちゃうような、でも笑えないような人間なんだ。
ても、俺はどんなに髭を生やしても、どんなに言動がおかしくても、どうも真面目で良い奴に見えているらしい。そんな雰囲気に自分が育って心底うれしい。楽しみ放題だ。
そしてまあ、俺は道徳的じゃない行いについて、悪かったなんてことは思ってない。むしろ経験として楽しかった。俺は俺が良ければなんでもいい。社会的にどうとか、相手がどう思うかなんてどうでもいい。
ただ、怖いのは過去に自分が傷つけた奴らが、俺が有名になった時にどう反抗してくるかだ。今の時代はSNSもあるし、仮に俺のYouTubeチャンネルが流行って、俺を憎んでいる奴らに伝わったら、きっと色んなことを暴かれるんだろうな、証拠の画像や卒業写真付きで。
それは怖い。
でもしょうがないだろ。自分を愛しすぎていて、甘やかされた俺みたいな人間は、やましいことがなく誠実に生きる術を知らない。相手を思って行動や言動を変えるなんてできっこない。
理性とか倫理観とかのストッパーがかからないんだ。ずっと親から過剰な愛を注がれていたから、俺は何をしても正解なんだって、そう思ってしまうんだ。
それはわかってるんだけどな、それはダメだということはわかるんだけど、自分が悪いとか罪悪感とかは、不思議と全く出てこないで、何も感じないで日々暮らしていられるんだ。ただただ報復だけが怖いだけで、でも歯止めは効かないんだ。
でも俺は、毎回YouTubeのコメント欄を見るのが好きだ。本当に少数の俺と同類のやつが、動物や植物で例えた過去の悪行にしっかり共感してくれて、ああ、俺一人ではないんって思える。
だからやめられないんだ、音楽は。どんなにメロディは大衆向けにしようと、歌詞の方向性は変えないつもりだ。
そして、だからこそ、そんな気持ち良いことがあるのに、就職なんてできるはずがない。
いざとなれば実家を継げばいいだけだしな。
今ここにいる三人とは、そこが1番違うのかもな。俺には楽をして生きていける方法がもうすでにある。
後ろ盾がありすぎて、今後自分が一人の力でやっていかなければ、という必死感もない。
だからこそ、恥ずいことだけじゃなくて、海外旅行や音楽も、明日あれやこれをやらないと、この先どうしていこうか、という気持ちに縛られずに自由にこなせる。それが気温25度秋晴れの空のように気持ちいいなんて、あいつらにはわからないんだろうな。
とにかく、ああ、なんだっけ。そうだ、曲が作りたかったんだ。
今日何時くらいに帰るかな。
あと1時間くらいしたら用事あるって言って帰って書くか。
まあちょっとなら、こいらと話すのも悪くないしな。
「フクちゃんは実家かえってなにすんの?」と俺は言った。
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