金城市・主力決戦――籠城ノ金盞花 肆

 近衛らの撤退に随行し、無事に安全な場所まで送り届けた時。装甲車を下りた夏蓮が歩み寄った。


 「夏蓮、暫くお別れだ」


 まだ辛いか。辛いに決まっている。それでも母親との再会は自ら選んだ道。何も言うまい。


 「はい。必ず、ローゼと一緒に帰ってきてください」


 「無論だ」


 装甲車内が騒がしい。彼らにとっては人類の切り札であるキルシェを一目見ようと、二班の面々が車窓から顔を覗かせている。その筆頭は鉢巻姿の加賀だった。邪魔させまいと後部ハッチを閉じた近衛が揉み合う。


 「私は、満足しています」


 「そうか」


 「お母さんに、ただいまって、言えました」


 近衛旧家・屋内の様子から、生前は夏蓮を待ち続けていたと解る。既に死亡しているとはいえ、その想いに答えることができた。勇気を出して、行動を以て締め括れた。


 「よく頑張ったな」


 夏蓮の頭に手を置く。重さが乗りすぎぬよう最初は気遣ったが、今は少しだけ慣れた。夏蓮も同じのようで、顔を伏せることなく見返す。

 それから、こう言った。


 「キルシェ、ありがとう」


 「うむ。いつでも、頼ってくれ」

 

 夏蓮は表情を緩めて。


 「はい。そうします」


 やはり否定しないか。構わん。

 小さな溜息が出る。諦め交じりに笑んだ。


 「ローゼにも甘えてやるがいい」


 夏蓮も笑顔を返す。首肯し、装甲車へ戻った。


 再始動したエンジン、その音が次第に遠ざかってゆく。これで、彼らが傀儡に襲われる恐れは消えた。後は――。




 ――夏蓮に暫しの別れを告げて間もなく、キルシェは金城市へ再突入した。


 道中、街の至る高台に配置されていた監視員達が、本体であるエルネストから切り離されて活動を停止する。

 疎らな残敵を逐次ちくじ粉砕して無抵抗に突破するキルシェにとって、元より彼らの反撃は用を成さない。警戒すべきは徹底した監視と分析だったが、それすら放棄した彼らは寧ろ戦局の変化をこちらに知らせてしまっていた。


 敵戦力の集結。これは、ローゼとの交戦を意味する。


 力の制限を解除し、白光の粒子を足場として空中を踏み、暴力的な進行速度と曲折によってビルの隙間を疾駆する。側面を通過された窓ガラスが置き土産の風圧によって次々と割れ、しかしその破砕音はキルシェの耳まで届かない。矢継ぎ早に移り変わる景色を歯牙にもかけず突き抜ける。金城まで、そう時間は掛からなかった。


 ――急停止。これに伴いフォーマルドレスのスカートと長髪がバサリ、慣性任せに前方へ叩き付けられた。


 着地した脚の表皮が、微量の電気によってピリピリと痺れている。


 「この残骸は」


 見渡す限りだ。むくろの山が築かれ、足元には紫の粒子が霧状に立ち込めている。自分やローゼと異色の血液であると断定できた。


 城門へ近付くほどむくろは増え、紫雲も濃密になる。発光こそしてはいるが、猛毒を彷彿とさせる禍々しい色であることに変わりはない。金城の背後、西へ向かって流動している。

 その終着点は貯水槽である。あれを本拠地とし、水路を利用して移動すれば政府機関の空撮にも晒されない。


 ――傀儡を放棄し、恐らく彼らに与えていたであろう血液を搔き集めているところ、ローゼは善戦しているのか。

 退いていないのは確かだが、だとすれば相手は一人である可能性が高い。つまり、敵の仲間が第二波となってこちらを強襲するかもしれない。


 紫雲を辿り、貯水槽の管理施設へ。

 そこには、たった一層しか地上にない、コンクリート造りの四角い建物が扉を開放していた。


 下りの階段へと紫雲を吸い込むその姿は、生き物の摂食せっしょく嚥下えんかにも似ていた。

 おまけに唸り声のようなものまで聞こえるが、地下からの雷鳴と爆発に因る。


 「いけないわね。貴女は、ここで待つのよ」


 背後からの警告。特に恐怖を煽る声色でもないのに、潜在意識が全神経を警醒けいせいする。

 冷静に過ぎるキルシェにとってそれは、悪寒に取って代わった脊髄せきずい反射はんしゃといえよう。


 ――碧眼に白光が宿る。


 全方位を視認できる真眼が開き、後頭部の向こうが赤く霞みながらも視界に入る。朧げながら、長い尾を遊ばせてたたずむ形が解った。


 「出てきたな」


 「初めまして、メアリ・ローゼンベルグと申します。背中で語るなんて不躾ぶしつけよ?こちらをごらんなさい」


 双眸の光を消灯しながら奴に見返る。ケープを羽織った娘が鮮明な色を持つ。据える眼も髪も黄金で、多関節の尾は骨だ。


 「私を止めるなら、もここに留まり介入しないと、そのように解釈してよろしいか」


 奴は、目が合うや否や。「あら」と頓狂とんきょうに零して瞳を輝かせた。


 「珍しい髪の色ね。もちろん、そのつもりよ。貴女の仲間に対してはね」


 「私には何かすると」


 「もうした。動いたら心臓を吹っ飛ばす」


 穏やかながら歯切れのよい声。語気はそのままに、二言目だけ言葉を乱した。


 「――――ッ!」


 真眼を再び開く。光る瞳孔を見て歓喜に笑む奴へは目もくれず、透視した体内の心臓を確かめる。血と内臓の赤に遮蔽しゃへいされる為、色彩は不明。しかし、球状におおう砂の塊を確認した。


 不意打ちだ。奴は話す前に、血液の異能を撃ち込んでいた。


 「貴女、体の中が見えるのね。お名前、伺ってもよろしくて?」


 胸は痛覚も触覚の違和感さえ訴えぬ。確と体内に居座りながらも、まるで光子の如く物理的干渉をもたらさず、同じ空間に重複している。


 「キルシェ・リミステネス」


 「お姉さん?妹かしら?素敵な名前ね。だけど聞いたことが無いわ。どうしてかしら。調査不足?」


 「言わんとしているところが解らぬ。私だってを知らない」


 メアリは頬に手を添えて、明後日の方向を見つめ思案した。


 「そっか、それが普通か。うーん、そうねぇ。私たちって、富裕層だったり変な環境に輪廻したりするから、調べられなくもないのよ」


 輪廻だと。生まれ変わりを確かめる術でも在るのか。そんなことはどうでもよい。この娘、つまるところ何者なのか。


 「の、正体は」


 「血液を花開かせた、最初のひとり」


 キルシェは不動の臨戦態勢に入る。白光の粒子が雪のように散った。


 メアリは物理干渉不可の砂を、こちらの心臓の位置、空間に固定している。彼女が『動いたら心臓を――』などと脅すところ、速度と立ち回り次第では回避可能か。


 そもそもが。


 「心臓を壊されたくらいで我々は絶命しない」


 瞬間、胸部に激しい揺れ。心臓部が衝撃を残して空洞になる様を真眼と感触で認識する。全身を白の粒子によって強化していたが、それでも胸骨と肋骨を砕かれ大損害を被った。


 この異能は圧縮でも消滅でもない。置換ちかんだ。心臓と気体を置き換えたのだ。


 ガスン、と。メアリが尻尾の剣先を地面へ突き立て、蜘蛛の巣状の亀裂が走る。


 「頭はどうかしら」


 人差し指に一滴の血。

 これが黄金色に輝く砂粒『砂金』となり、人間の頭一つ分ほどの塊へと増殖した。


 砂金の塊が、凄まじい速さでこちらの頭部へ届く。


 対応する間もなく着弾。視界が黄金に支配され、しかし頭部は削り取られることなく、代わりにティアラが弾き飛ばされていた。


 砂金が、散って消える。


 「飽きたわ」


 メアリが踵を返す。


 「…殺さない、つもりか」


 「えぇ、殺したくないの。貴女もローゼも、わたしのものにしたいから。事の顛末てんまつが知りたければ、首都れんじゃくへおいでなさい。二十一日・八時、甲州こうしゅう街道かいどうの終着点、れんじゃくえきにて。住人を皆殺しにして、待ってる」


 黄金色に輝き、空間を揺るがして姿を消す。既に目的を果たしたメアリに、もはやここに留まる理由は無かった。


 キルシェは膝を突いて咳き込み、鉄の味を噛む。


 心臓を消された際、ついでに肺も傷付けられた。それだけではない。血管、内臓、骨格、筋繊維、体の構成要素が広範囲に渡って損壊し、多量の血液が修復に割り当てられている。我が身に作用するという能力の性質上、かなり厄介なやられ方をしていた。


 それから。先ほど名乗った時、メアリはローゼとも面識があるような口ぶりだった。ローゼの安否を、確かめなければならない。


 ――轟音と地響き。


 当然、言をたず地震ではない。

 立ち損ねて地に突いた手が、違和感を伝える。

 暖かい。

 触れたままでいると、徐々に熱の上昇を感じた。

 気温も次第にさながら真夏日となり、蜃気楼が揺らめき立つ。水分の揮発を伴い、無機質な独特の臭いが漂う。


 貯水槽を隔てる地面は分厚く、多少の距離も在ろうに。対してこの熱量は、一体。

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