血に特殊能力を得た少女達は、廃墟世界で激戦を成す / 恋愛要素《無し》

血ノ姉妹 壱

 西暦千九百年以降、爆発的に増加した世界人口。二千十六年現在では七十三億を数え、著しい発展を見るも、資源しげん枯渇こかつが危惧されてきた。

 翌年、とつとしてこの問題に終止符が打たれる。


 ――集団しゅうだん意識いしき恐慌きょうこう現象げんしょう。そう名づけられた最悪の精神疾患が全人類を襲ったのである。


 人類は精神に極度の恐慌状態を来し、殺し合いを演じた。


 自他を殺めること数か月。やがて人々は、少数で行動すれば意識恐慌を免れると知り、人口密度に制限を敷いた。尤も、どのくらいの人間が生き残っているかは不明であり、その後も死者は後を絶たず、収束まで時間を要したが。


 一キロメートル圏域に於ける長期滞在可能人口密度の割合は居住区百八十名、工業区百九十名である。意識恐慌を来す人口密度は地域によって変動するものの、大体の都市部はこれで安定した。


 有効活動範囲の縮小に伴い、国名及び地名の変更が成され、我が国は秋津あきつしまと改められた。


 多くの生存圏と技術の発展を放棄し、新法を制定。今後維持するのが困難となる大規模な通信手段や舗装された道路、燃料及び車両が機能する内に死体の処理を行い、研究所や病院、その他生命線の確保に追われた。


 事態発生から六年を経た西暦二千二十二年の春。人々の生活はようよう安定し、迷霧めいむからはるがすみへ。桜の開花に払暁ふつぎょうを見た。


 四月四日、挙母ころも。旧市街地より東の山岳を九キロ程行くと、廃墟の点在する森林に大図書館が屹立きつりつしている。その別館、明治初期の富豪により建立された洋館にて、主人である少女が紅茶をあおる。


 キルシェ・リミステネス。


 百六十センチの肢体したいに、薄桃色を帯びる白い長髪、たま碧眼へきがん。桜の花を刺繍ししゅうした白のフォーマルドレスと、運動に適したロングブーツを着用している。


 頭部には光の放射を模した白金のティアラを飾り、これを彩る白い宝石に手を触れて何やら思案していた。


 ――愚妹がそろそろ帰る頃か。


 その身に馴染まぬ大きな肘掛け椅子へ、たわやかたたずみ、しかし心は休まらぬ。


 晴れた真昼。十二時を五分遅れた足が騒々しく床を叩き、ドアベルが鳴る。彼女は、勢いよく駆け込んできた。


 「すまない、待たせた」


 燃えるようなワインレッドの髪が踊り、汗を散らせた。鮮紅せんこうしょくの瞳がキルシェを捉える。


 愚妹の名はローゼ。キルシェより二つ年下で、背丈は百五十一センチ。

 キルシェと同じくフォーマルドレスを着込んでいるが、彼女とは風体が異なる。


 きんぼたんかざりをあしらった漆黒のそれは、将校の大礼服が如き圧を帯びていた。


 その、はずだった。ところがどうしてこの小娘。所作伴わず、高級品が形無しである。


 ペースを乱されるのが嫌いなキルシェは、敢えてご機嫌良く答えた。


 「別に良いよ。時間はいくらでもある。あるが、守れ」

 「・・・駄目か」

 「そう。駄目だ」


 鸚鵡おうむ返しに呼応した。


 「細かいな」


 余計な一言。キルシェはテーブルに頬杖をついた。


 一々言い争うのは面倒であると、解ってはいるのだ。しかし、それでも無駄口を叩かずには居れなかった。


 「ローゼは、あらゆる面で未熟だな」


 ローゼは礼服の裾をぎゅっと握り、キルシェをめ付ける。


 次の瞬間この愚妹は行動を起こした。汗で湿ったまま飛び掛かったのである。嫌がらせか。おかげで二人仲睦まじく椅子諸共ぶっ倒れた。


 キルシェは二十一歳、妹のローゼは十九歳になる。とてもそうは見えないけれども、確かに生きた年数は正しい。

 六年前の恐慌に在って正常な意識を保ち、代わりに時が止まってしまったのだ。まるで、多くの生命の死を喰らい、永遠の命を得たように。

 この大図書館を受け継いできた資産家であるが、両親は普通の人間であり、恐慌現象によって絶命している。


 落ち着いた白のキルシェと、活発な黒のローゼ。

 二人は振る舞いこそ違えども、同じ教育を受けた。


 格闘術、語学、数学、化学。機械や電子回路の基礎知識。歴史に関しては、読書のみと放任された。初等科から学習内容は高度であったが、義務教育は受けていない。全ては、家系の厳格な慣わしであった。


 先祖が恐慌現象や不老不死について何かを知っていて、未来の災厄に備えていたのか、今となっては知るよしもない。


 「ところで、ケーキは出来てる?」


 仰向けにぶっ倒れたキルシェに馬乗りのまま、訊く。崩壊した世界に於いて菓子類などの嗜好品は少ない。無い物を自分たちで作るのは当たり前の社会となっていた。


 キルシェはあられもない体勢で天井を見つめる。妙な静謐せいひつが一室を支配する中、この洋館も古いから、手入れをしなくてはならないな、と。頭の中でそんな風に思案していた。


 「きーるーしぇ。ケーキは――」


 愚妹が肩を掴んで揺らしてくる。かなり激しい。床でそうされると頭を小刻みにぶつけてしまうではないか。英才教育を受け十九にもなって尚こんな感じだ。末恐ろしい。


 「ちゃ、あ、ん、と、おべんきょ、し、て、か、ら、な」


 うまく喋れぬ。


 ペースを乱され、ティータイムを台無しにされた仕返しとして、本日の科目はローゼの苦手とする数学の長文問題としよう。

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