焦燥ノ兵士 弐
二班はアミューズメント施設の三階、ビリヤードコーナーの窓から北を監視する。看板の隙間から、僅かに地上が窺えた。
四、五人単位で行動する敵を何組か見たものの、連中は周辺を調べるでもなく南へ走り去ってしまった。月城が潜伏しているのは五百メートルほど東の廃ホテルだから、あちらは発見されていないだろうと楽観的に考える。
「そろそろ俺が代わるよ。休んできたらどうだ」
フィールドジャケット姿の東郷が、加賀の肩を叩く。荷物持ちを担当していた彼は、重たい
「気が利くな。ありがとよ」
「ついでにこれも」
チョコレートバー。月城がよく齧っていた。
国防軍基地内の売店で売られている物と同じだ。何度か貰ったが、どうも歯に残る。行軍中に虫歯を患ったらどうするのか月城に訊いたら、こいつは山で採れんから安心しろ、などと冗談を言っていた。
「はぁー。生き返る。これ言うと、一回死んだみてえで、縁起わりぃっ!」
水筒の水を飲み下して、大きく息を吐き出した。
「月城なら心配するな。下手すりゃ、俺たちと居るより安全なくらいさ」
この調査に参加するまで東郷とは面識が無かった。物調面であまり口を利かない奴だと思ったが、月城の好物を察して渡してくれた。漁師仲間にも似た雰囲気の奴が居る。そいつは夜になると人が変わったようによく喋る。東郷も夜行性なのだろうか。きっと違う。
加賀は、少しだけ気分が楽になった。
「月城は元々軍人だもんな。プロの仕事を信じるかねえ」
「だな。ついでに、そういうあんたは漁師でもやってるのか」
「よく分かったな。なんでだ?」
東郷は露骨に困った顔をした。
「いや、見るからにというか、絵に描いたというか…」
「――装甲車です!!」
南窓の神田が叫ぶ。全員が一瞬にして殺気立ち、小銃を握り締める。一番若い天野は顔を強張らせた。
装甲車のハッチが開き、水地が顔を出す。周囲に敵兵の姿も無く、一同は胸を撫でおろした。
「近衛班の救出です!急ぎましょう!」
「やったぜ。月城は無事だ!居場所を教えてくれたんだ」
「な、大丈夫だったろ。あんたも若いのによく頑張ったな」
東郷が天野の背中を押す。加賀にも前を歩かせた。
「あああ、助かった。ようやく帰れます」
天野は緊張の糸が切れたらしい。振り向きながらそう零した。
各々が小銃と荷物を手に、螺旋階段を駆け下りる。ガレージに飛び出す全員を、後部ハッチを開放した装甲車が速やかに収容した。
四人は、倒れ込むように座席へ縋りつく。荷物持ちにうんざりしていた東郷は、すぐに背嚢を下ろし、これが最後とでも言いたげだった。
――だが、一息ついた二班とは対照的に、車内の雰囲気は緊迫していた。
まず、この場所を伝えてくれたであろう、月城の姿が見当たらない。加賀が問う前に、近衛が口を開いた。
「再会を喜びたいんじゃが、急がねばならん」
「そりゃあ、もちろん急ぐべきだろうけど。近衛さん、月城はどうしたんですか」
「うむ。月城はホテルに残り、敵を引き付けておる」
「一人でか!?見つかったのかよ!そりゃないぜ。早く助けに行きましょう。敵の数は」
「敵兵は、一人」
一同が沈黙する。二班に再び緊張が訪れる。あの月城が一対一で手こずるとは考えにくい。今まで戦ってきた兵士とは明らかに質が違うと誰もが思い至った。
神田が車窓を覗く。
表に二車線の道路が走っているというのに、兵士や車両の気配はなく静まり返っている。
敵が我々から興味を失くし、最優先で戦力を傾けるとすれば一つ。
「三班も、来ているんですね」
「然り。その一人が、敵の精鋭四体を相手取っておる。奴らは鎧兜を身に着け、鉄砲も持たん。月城を襲った奴だけは機関銃を持っておったが」
「あれは、月城さんの射撃をものともしませんでした」
すぐにハッチへ上がれるよう、小銃を手に待機していた鷹田。年は27歳と、天野の次に若い。通電していない機械のように静かな男である。月城と同じく国防軍出身者である彼は、横切った白兜の行動を観察していた。
「と、言いますと」
鷹田のすぐ傍に座る神田が訊いた。
「ほんの一瞬でしたが、一発も被弾しなかったように見えました。あの時、鎧兜は足を止めた。月城さんが外すとは思えません」
年齢も階級も、軍務に服した期間も異なる鷹田であったが、精密射撃の名手たる月城の評判は耳にしていた。
「とにかく、誰が危ない橋を渡るかの話だろ?廃ホテルには俺が行くから、早く出発してくださいよ。どうしても駄目な時は、置いて行ってくれて構わねえ」
「自分も、加賀さんに付いて行きます」
――駐車場所と作戦を手早く決め、すぐに装甲車を走らせる。
大通りを東へ五百メートルと、距離は近い。他で交戦中の為か敵の襲撃も受けない。
廃ホテル北、三つ目の路地。その入口の角は空き地であり、月城が白兜に対して連続射撃を叩き込んだ場所であった。
装甲車を後部から路地へ入れ、停車する。
銃座に水地。隣のハッチには六十四式小銃を手にした天野。操縦席に近衛。路地内に索敵要因として神田。北側雑居ビルの窓に東郷を配置した。
車両を長時間守ることが出来れば、三人を置き去りにしないで済む。
加賀と鷹田の二名は小銃を手に窓からホテルへ侵入したが、施錠された非常階段と防火シャッターに阻まれた。
――鷹田が、ピッキング作業に入る。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます