焦燥ノ兵士 壱
月城は廃ホテルの屋上にて、北方より車両音を確認する。近衛班かもしれない。
南を目指す敵の小隊を幾つか見てから、しばらくぶりの動きだった。
左
「味方であってくれよな」
屋上・北西の角から見下ろすと、九十六式装輪装甲車がここを目指していた。スコープで拡大し、銃座に水地、隣に
――しかし、月城は一旦顔を伏せた。
先刻発煙弾を設置した雑居ビルの屋上に、一体の鎧武者を見たのである。当然そいつも車両音に気付いており、次の瞬間、四階から飛び降りたのだ。
白く装飾された鎧武者はミニミ軽機関銃と、六つもの弾薬箱を腰に吊るし、その巨体で事も無げに着地した。
四股踏みの姿勢でアスファルトへ降り立ち、弾薬箱同士がぶつかって鳴る。機関銃を構えて西へ走り、雑居ビルの隙間から十字路を通過。あと数秒で車両とかち合ってしまう。
「伏せえっ!!!」
元軍人の鷹田は車内へ引っ込み、水地が続いた。車両が一気に加速して小道を横切る。
銃手の退避を察知した鎧武者は、スリングベルトの付いた機関銃を背中へやって、両手を自由にする。装甲車へ飛び移ろうとしたが、しかし、こちらを一瞥して足を止めた。
月城が構える。
遮蔽物無し、照準可能。手前が空き地で助かった。装弾数は三十発。こちらを睨みつける鬼の面へ、連続射撃!。
鎧武者は装甲車に取り付いて放電するつもりだったが、その力を磁力に切り替えた。
紫色の雷が射線へ向けて発せられ、五・五六ミリ弾が目標を避けて周辺の地面を叩く。
月城は飛沫を上げるアスファルトの位置を見て、弾道を逸らされたのだと理解した。
――近衛が便宜上、超能力と語ったものの一つか。こいつは白兜と呼称する。
白兜は攻撃目標をこちらに移し、廃ホテルへ走り寄る。着地時の身体能力から、閉鎖した扉を怪力で破壊する姿が容易に想像できた。
――白兜がホテルの壁を登り始め、策を練る猶予が消える。
白兜は電流を纏った手足の磁力で、内部の鉄骨を引き寄せている。壁面に張り付き、時には窓枠を掴み、ここを目指している。
「こりゃ参ったな」
近衛班の車両は、ホテル西南の角で停車中だ。彼らに二班四名の居場所を伝えねばならない。幸い、銃座のハッチは開かれていた。
月城は腰の弾薬ポーチを一つ、ナイフで切り離す。これに二班の居場所を示した地図を詰め、ハッチ目掛けて投げ落とした。
ポーチは車両の天板に弾かれて道路へ転がったが、飛び出した鷹田が無事に回収してくれた。
「命がけの馬鹿をやったんだから、無駄にしないでくれよ」
北側へ戻り白兜を再確認する。柵を乗り越えて見下ろしたが、姿を消している。真下にガラス片が散乱しているところ、どこかの階で窓を破って侵入したらしい。
こちらも取り急ぎ屋上を後にする。懐中電灯片手に、バリケードに使った机や小棚を引き倒し、押し退けながら六階まで下りる。
――火災報知器が作動。ついでに蛍光灯も点灯した。
貯水槽の水がスプリンクラーから放出され、たちまち通路が水浸しになる。同時に、防火シャッターの閉鎖が始まった。
ホテルに電力は供給されておらず、六年間放置された蓄電器も機能していない。そのせいで先刻は封鎖できなかった通路が、敵の手によって区画ごとに遮断されてゆく。
非常階段六階にて足を止め、ここで留まると決めた月城は、火災警報に紛れ天井へ発砲。蛍光灯が割れて、上下階の僅かな光しか届かなくなった。
鉄の扉を開き、東へ伸びる通路へ逃げ込む。やはり蛍光灯を破壊して進み、暗闇を作る。
客室の並ぶこの通路は、本来なら半ばで左折できる。トイレや給湯室を横切って北の通路へ行けるのだが、今はシャッターによって閉ざされている。突き当りの階段も駄目だ。この直線の通路からの逃避先として適当な場所は右手、南側の客室となる。
鍵束の札を確認する。五〇一、五〇八、六、六…六〇――合致。目を付けられぬよう、敢えて東端から二つ目の部屋を選ぶ。
――駆け込み、施錠した。息を整えながら思考を巡らせる。
白兜は高圧電流を発しており、狭い通路は水浸し。接近すれば感電し、遠ければ機関銃の雨に晒される。天井に隠れられそうなスペースは無く、エレベーターの扉も開かない。窓から隣の部屋へ移るのも無理そうだ。
仮に運よくここを突破して非常階段を下りたとしても、扉を物で塞がれていたり、鍵を破壊されていたらすぐには逃げ出せない。
手元には発煙弾が一発と、スタングレネード二個、手榴弾一個。ハンドガン一丁。小銃と、三十発の弾倉が五つ。それから暗視スコープだ。兵士は頭部を破壊すれば殺害できたが、白兜にも通用するだろうか。
――目でこちらを見ている以上、有効と考えていい。
次の問題は、白兜が非常階段から現れた時、扉を全開にしないかどうかだ。
扉の向こうの蛍光灯も破壊したが、それでも上下階からの光は暗視スコープにとって明るすぎるのだ。
まず扉は自動閉鎖式で、こちらの通路に差し込む光は僅か。これを敢えて解放するとは考えにくい。そもそも、獲物の退路を開け放ったままにするのは間抜けだ。
ではそうとして、こちらはいつ攻撃すべきか。
白兜が一つ目の客室ドアを破壊する前だ。外の光が入り込むより先に、仕掛けねばならない。
客室内。黙考の月城は、入り口ドアの上部を見上げる。
「まるで子供だましだが、やるか…」
まず、内開きのドアを開放する。
ドア枠上の、壁の一部であるスペースを軽く叩き、強度を確認。そこにベッドの掛布団を押し付け、両脇にそれぞれ大型・小型のナイフを突き立て固定。遮光カーテンとした。布団の長さが足りず、足元には隙間があるが、ここは冷蔵庫を倒して塞いだ。
月城は背中をドア枠へ預ける形となり、腰を下ろす。左足で向こう枠を踏み押さえ、右膝は立てて銃架とする。
――白兜が来たら、頭部を狙撃する。
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